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セガ・アーケードを店舗から支えて40年「永井明」インタビューのご紹介
【セガ】アーケードゲーム関連サイトマップのご紹介
【セガ】アーケードゲーム関連のサイトマップをご紹介します。
セガ・アーケードを店舗から支えて40年「永井明」インタビューのご紹介
【1951-2001年】セガと取り巻くゲーム業界の動向 | |
年 | 出来事 |
1951 | レメーヤー&スチュアート創業 (ジュークボックス、ゲーム機器の米軍施設への納入を業務とする) |
1953 | 太東貿易(株)設立(後のタイトー) |
1954 | ・サービスゲームスに社名を改める ・(有)ローゼン・エンタープライゼス社設立 ・中村製作所設立(後のナムコ) |
1957 | ・サービス・ゲームス・ジャパン(株)と社名変更 |
1958 | ・ウィリー・ヒギンボーサム博士、世界初のテレビゲームを開発 |
1960 | ・日本娯楽物産(株)と日本機械製造(株)の2社に分社 ・国産初のジュークボックス、セガ-1000を開発 |
【1961年ガンコーナーブーム到来】 | |
1961 | セガ『ジャングルガン』発売 |
1962 | ・大学の研究室でビデオゲーム『スペースウォー』誕生 ・第1回アミューズメントマシンショー開催 |
1964 | 日本娯楽物産(株)が日本機械製造(株)を吸収合併 ・アミューズメント機器の製造開始・シグマ創業 ・太東貿易(株)、大阪・近鉄上六駅前にゲーム場開設 ・オリンピアゲーム(パチスロの原型)ブーム |
1965 | ・第一次クレーンゲームブーム到来 |
1965 | ・(有)ローゼン・エンタープライゼスを吸収合併。 社名を(株)セガ・エンタープライゼスとする ・日本初のクレーンゲーム『クラウン620』(太東貿易)登場 ・クレーンゲーム『スキルディガ』登場 |
1966 | ・『ペリスコープ』発売 |
1967 | ・米技術学校で一般テレビを使ったホッケーゲーム開発 |
1968 | ・中山隼雄氏、エスコ貿易を発足 |
1969 | ・米国コングロマリット、ガルフ・アンド・ウェスタン・インダストリーズの傘下になる ・シグマ、メダル実験店、渋谷カスタム開業 |
1971 | ・世界初の商業用ビデオゲーム『コンピュータ・スペース』登場 ・シグマ、新宿にゲームファンタジアミラノ店を開業 |
【1972年ビデオゲーム時代の到来】 | |
1972 | ・アタリ『ポン』発売・独立型ゲームセンターの登場 ・世界初の家庭用テレビゲーム、オデッセイ発売 |
1973 | ・『ポントロン』発売・データイースト設立・コナミ工業(株)設立 |
1974 | ・『ゴールキック』発売・タイトー『スピードレース』発売 |
1975 | ・『イレース』発売・東洋娯楽機『もぐら退治』発売・ |
1976 | ・『マンT.T.』発売•アタリ『ブレイクアウト』発売 |
【1977年テーブルタイプ筐体の普及】 | |
1977 | ・『ボンバー』発売・ブロック崩しゲーム喫茶店でブーム・アタリ2600発売 |
【1978年インベーダーブーム】 | |
1978 | 『プロレーサー』発売・タイトー『スペースインベーダー』発売 ・新日本企画法人化(後のSNK)・カラオケブーム本格化 |
1979 | ・中山隼雄氏、副社長に就任 ・『ヘッドオン』発売・ナムコ『ギャラクシアン』発売 ・電気音響『平安京エイリアン』発売 |
1980 | ・『ミサイルコマンド』発売・ナムコ『パックマン』発売 ・日本物産『クレイジークライマー』発売・任天堂『ゲームウォッチ』発売 |
1981 | ・『スペースオデッセイ』発売 •日本アミューズメントマシン工業協会発足・任天堂『ドンキーコング』発売 |
1982 | ・『ペンゴ』発売・コナミ工業(株)、販売部門を切り離しコナミ(株)設立 ・インベーダー訴訟判決(ゲームに対する著作権を認める)・アタリショック |
1983 | ・中山隼雄氏、社長に就任・SYSTEMI登場 ・初のLDゲーム『アストロンベルト』発売 ・(株)カプコン設立・ナムコ『ゼビウス』発売 ・コナミ『ハイパーオリンピック』発売 •セガ「SG-1000」発売・任天堂「ファミリーコンピュータ」発売 |
1984 | ・セガ、CSKグループの資本参加によりCSKグループの一員に ・欧州の拠点として子会社セガヨーロッパリミテッド設立 ・中川力也氏、鈴木裕氏入社・『フリッキー』発売 ・電波新聞社刊マイコンBASICマガジンでチャレンジハイスコア開始 ・アイレム『スパルタンX』発売・セエ「SG-1000II」発売 |
【1985年大型体感ゲームブーム】 | |
1985 | 米国に子会社セガ・エンタープライゼス(U.S.A)設立・小口久雄氏入社 ・SYSTEMII登場・『ハングオン』発売・『スペースハリアー』発売 ・『UFOキャッチャー』発売 ・新風営法施行・ナムコ、アタリを買収 ・全日本アミューズメントマシン・オペレーター連合会(AOU)発足 ・コナミ『グラディウス』発売・「セガマークII」発売 |
1986 | ・プリペイドカードシステムを導入 •16ビットCPU用セキュリティLSIモジュールを発表・株式店頭公開 ・SYSTEM16登場・SYSTEM E登場・『アウトラン』発売 ・FC『スーパーマリオブラザース』発売・景品上限価格が200円に ・第1回AQUエキスポ開催 ・ゲーメスト創刊・タイトー『アルカノイド』発売 ・FC『セルダの伝説』発売・FC『ドラゴンクエスト』発売 |
1987 | ・Xボード登場・『アフターバーナー』発売・ビリヤードブーム ・コナミ『グラディウスII』発売・タイトー『オペレーションウルフ』発売 ・マスターシステム発売・PCエンジン発売 |
【1988年テトリスブーム】 | |
1988 | ・株式東京証券取引所市場第二部上場 ・ジョイスクエア・イン・ハママツ開設 ・SYSTEM24登場・Yボード登場 •『テトリス』発売・『ギャラクシーフォース』発売 ・ナムコ、コナミ工業東証上場・(株)ジャレコ東証に店頭公開 ・サン電子『上海』発売メガドライブ発売・FC『ドラゴンクエストIII』発売 |
【1989年3DCG時代の幕開け】 | |
1989 | •SYSTEM18登場・名越稔洋氏入社・『スーパーモナコGP』発売 ・消費税導入・JAMMA社団法人に正式認可 ・ナムコ『ウイニングラン』発売・ゲームボーイ発売 |
【1990年UFOキャッチャーブーム】 | |
1990 | ・セガ、株式東京証券取引所市場第一部指定 ・東京ルーフ(期間限定イベント)にセガ出店R-360発表 ・UFOキャッチャーに『アンパンマン』登場 ・カプコン、株式を店頭公開 ・SNK NEOGEOシステム発表・セイブ開発『雷電』発売 ・ゲームギア発売・スーパーファミコン発売 |
【1991年対戦格闘ゲームブーム】 | |
1991 | 欧州でコンシューマー機器販売の拠点、ヴァージンマスタートロニックを買収 ・SYSTEM32発表・『ラッドモビール』発売 ・カプコン『ストリートファイターII』発売・ナムコ東証一部上場 ・MD『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』発売 |
1992 | ・ライト印刷と資本・業務提携・MODEL1登場・『バーチャレーシング』発売 ・ナムコワンダーエッグオープン ・タイトーD3BOSS発売V.R.. |
1993 | ・『バーチャファイター』発売・ナムコ『リッジレーサー』発売 ・タイトー東証二部上場 |
1994 | ・ATPガルボを大阪にオープン・横浜ジョイポリスオープン ・コンシューマ製品の国内販売会社として(株)セガ・ユナイテッドを設立 ・アトラクションや業務用機器等のリース会社、セガ・リースを設立 ・通信カラオケ機器の販売会社としてセガ・ミュージック・ネットワークスを設立 ・中国でのAM施設運営・販売を目的とし、セガ・ファーハン・カルチャー・エンターテイメントを設立 ・MODEL2登場・佐々木健仁氏入社・『デイトナUSA』発売 ・『バーチャファイター2』発売・SNK『ザ・キング・オブ・ファイターズ’94』発売 ・セガサターン発売・3DOリアル発売・プレイステーション発売 |
【1995年プリクラブーム】 | |
1995 | ・物流サービス部門を分離し(株)セガ・ロジスティクスサービスを設立 ・ディズニー社とプライズに関する独占的なキャラクターライセンス契約を締結 ・景品掴み取りゲーム装置で実用新案取得 ・プリント倶楽部発売・『セガラリー・チャンピオンシップ』発売 ・コンピュータ・エンタテインメント・ソフトウェア協会(CESA)設立 |
1996 | ・セガ・ゲームワークスをドリームワークス、ユニバーサル・スタジオと合弁で設立 ・欧州でのゲーミング機器の開発・製造販売の拠点、英JPMグループ参加の5社買取 ・東京ジョイポリス開業・MODEL3登場・『バーチャファイター3』発売 ・バンダイたまごっち発売 ・GB『ポケットモンスター』発売・NINTENDO64発売 |
1997 | ・バンダイと合併を発表するも合意解消 ・『バーチャストライカー2』発売・コナミ『ビートマニア』発売 |
【1998年音楽ゲームブーム】 | |
1998 | (株)セガ・ユナイテッドと(株)ムーミン合併 ・(株)セガ・ミューズ設立・入交昭一郎氏が社長に就任 ・NAOMI発表・『電脳戦機バーチャロンオラトリオ・タングラム』発売 ・コンパイル和議申請・コナミダンスダンスレボリューション』発売 ・遊戯王カードブーム ・ドリームキャスト発売・ゲームボーイカラー発売 |
1999 | ・アーケードとコンシューマに別れていた開発部門を統合し、第1~9ソフト研究開発部とする ・『ダービーオーナーズクラブ』発売・ビスコ和議申請を開始 |
2000 | •開発部門とAM施設部門を分社化・大川功氏が社長に就任 ・(株)セガに社名変更 ・香山哲氏、特別顧問として入社・マルチプラットフォーム戦略発表 ・NAOMI2登場 ・ゲームセンターどうしを光ファイバーでつなぐネット@構想を都内で試用運用 ・『スラッシュアウト』発売・セガトイズ『プーチ』発売 ・プレイステーション2発売 |
2001 | ・ナムコと事業分野における包括業務提携・大川功氏逝去 ・佐藤秀樹氏、代表取締役社長に就任 ・香山哲氏、代表取締役兼最高執行責任者(COO)就任 ・『バーチャファイター4』発売・SNK倒産・ドリームキャスト生産中止 ・ゲームボーイアドバンス発売・ゲームキューブ発売 |
永井明プロフィールのご紹介
株式会社セガ代表取締役。1963年セガの前身である日本娯楽物産に入社。ビデオゲーム以前の屋台骨であったジュークボックスの営業として活躍。販売面でセガアーケードを躍進させた。その後、AM施設事業の統括本部長として、アミューズメント施設はもちろん、アミューズメントテーマパーク事業でも手腕を振るう。2001年、代表取締役となり、精力的に施設運営から販売にわたりアーケード事業を牽引。
ビデオゲーム以前のセガ、ジュークボックスとガンコーナー時代
セガの始まりは「ジュークボックス」の輸入、販売
▼アーケード創世期のセガと、当時がどんな状況だったか教えてください。
永井:昔は、セガもタイトーさんも今みたいにゲームを作っていたわけではなくて、タイトーさんは「ピーナッツベンダー」という自販機のベンダーから始まって、セガは「ジュークボックス」の輸入、販売をメインにしていました。
セガが駐留軍にスロットマシンを設置していた時代
それ以前を振り返ると駐留軍の話になりますね(笑)。ジュークボックスをやりだす前は、駐留軍のベースキャンプの中に下士官クラブがあるのですが、そこにアメリカのラスベガスにあるようなスロットマシンを設置していたのがセガの事業スタートです。
米軍キャンプの中だから、治外法権で本当のギャンブルマシーンが輸入されていました。それからセガでジュークボックスを取り扱うようになりました。
ジュークボックスの3大メーカー「ロックオーラー」「シーバーグ」「ワルツァー」
アメリカの「ロックオーラー」や「シーバーグ」のものが当時の代表的なジュークボックスです。その頃はタイトーさんが「シーバーグ」、セガが「ロックオーラー」を取扱っており、以前のセガの社長である中山氏がいたV&Vの「ワルツァー」との、三つ巴で販売競争がされていました。
音楽の最先端だった「ジュークボックス」
どんどん民間にジュークボックスが設置されていった時代ですね。スナックやバーに設置して、カラオケや有線が導入されるまでは、音楽の最先端でした。
ジュークボックスが全盛のときは社内のレコードルームに70万枚くらいのレコードがあって、歌手の方々が宣伝に来ていました。いらっしゃらなかったのは石原裕次郎さんと美空ひばりさんくらいで(笑)。演歌系からポップスまで全ジャンルを扱っていましたね。
駐留軍時代のスロットマシンは、本当のギャンブルマシンだった
この頃は駐留軍を対象とする仕事と平行して、一般を対象としたビジネスを行っていた時代です。スロットマシンも民間には1000ドル36万円で販売していましたが、後に法律が制定されたことによりできなくなりました。
その頃のスロットマシンは10円入れれば10円出てくるという、本当のギャンブルマシンでしたから当然ですね(笑)。法律で禁止されたスロットマシーンのビジネスをやめて、ジュークボックスをメインに、それからフリッパー(ピンボール)を輸入するようになりました。
「カラオケ」「有線放送」の登場でジュークボックスは衰退
しかし、ジュークボックスは徐々に台頭し始めたカラオケに押されるようになります。カラオケも今のボックスではなくて、当時はバーやスナックに置かれていたものですね。あと有線放送の登場の影響も大きい。
その頃我々は「有線だと自分の希望の曲がなかなか掛かりません。でもジュークボックスなら好きな曲が好きなときに聴けます」といって営業を行っていました。
ビデオゲーム登場前は「ゲームセンター」ではなくて「ガンコーナー」
▼この頃のゲームセンター、アーケードはどのような形だったのでしょうか?
永井:アタリの「ポン」が出る前は、ゲームセンターではなくてガンコーナーという業態でした。純粋にセガとしてではないのですが、1965年にセガが吸収合併した「ローゼン・エンタープライゼス社」が、日比谷と梅田にガンコーナーを開設したのが最初です。
その頃は当然ビデオゲームではなく、光線銃タイプの、射的の延長線上にあるようなガンゲームを設置していました。後はアメリカのミッドウェイ社製のフリッパーやガンゲームなどです。
ボーリングブームに乗じて、ゲームコーナーを拡大
その後もボーリングブームに乗じて、ボーリング場に併設する形でゲームコーナーを展開し、アメリカ製の機械を設置して営業していたのですが、やはり中古品が流れて来ます。
海外輸入機から独自開発を始めた「セガ」
中古だから壊れている場合もある。そのメンテナンスが大変だったというのもあって、ガンやフリッパーを日本独自で作ってしまおうとアーケードゲーム機を独自開発し始めたのが「セガ」なのです。
やはりボーリングブームの流れがあって、コーナーが広がっていったという前提がありますね。
デパートの屋上コーナーから始まった「ナムコ」
その他ではデパートの屋上とかにもコーナーがあって、木馬などが置かれたりしていました。そこで強かったメーカーが一方に存在していましてね。後のナムコさんがこのタイプです。
駐留軍ビジネスからスタート「セガ」と「タイトー」、屋上コーナーから始まる「ナムコ」
外資からスタートしたセガやタイトーさんは最初は駐留軍を相手としたビジネスからスタートし、ジュークボックスやフリッパーの登場によりガンコーナーを展開していくという形だったので、ナムコさんとはビジネスのタイプが違ったから直接競合することはなかったんですよ。
「セガ」はもともとメーカーである前にオペレーターだった
▼最初は、制作というより海外からの輸入販売がセガの中心だったんですね。
永井:もともとセガはメーカーである前にオペレーターだったのです。後々にメーカーとして機械を作るようになりましたが、「セガ」も「タイトー」さんも「ナムコ」さんも、施設が先で、そこに輸入した機械を置いていた。
でもそれではつまらないし将来性もないということから、自分たちで作るようになっていったという流れもあります。それで自分たちで作ったものを自分たちのコーナーに置いて、それから他社へも販売するようになってという形ですね。これがガンコーナーの時代です。
ビデオゲーム黎明期(1970~80年代初期)
「スペースインベーダー」「ブロック崩し」の登場から1プレイ10円から50円、100円へ
▼そしてビデオゲームの時代、「ポントロン」の発売となったわけですね。タイトーの「スペースインベーダー」まで、どのような時代を経たのでしょうか。
永井:やはり「インベーダー」は重要です。でもその前に「ポントロン」から始まり、「ブロック崩し」タイプのゲームの登場は、ゲームセンターがそれまでの1プレイ10円から、1プレイ50円、100円に上がるきっかけになったという点では同じような重要性があると思います。
「ブロックアウト」「バルーンゲーム」のヒットが「インベーダーブーム」の布石になった
ビデオを使ったゲームとして「ポントロン」、「ブロックアウト」が出てきて、アップライト型の筐体が普及し、「バルーンゲーム」などがあって。これらがヒットしたからこそ「インベーダー」が出てきたのでしょうね。
「メカトロ」から「ビデオゲーム」へ、なぜ「ビデオゲーム」は支持されたのか?
▼ビデオゲーム以前のガンゲームの時代とビデオゲームが出てきてからのゲームコーナーでは、どういう変化があったんでしょうか。
永井:ビデオゲーム以前のゲーム機はメカトロでした。ビデオゲームというのはソフト開発は大変ですが、機械としての作りは決して複雑ではなく、一度製造してしまえばそれで終わりです。
しかも作ってしまえばモニターと基板だけですから、メンテナンスもなく簡単でいいわけです。
しかし、メカトロの機械というのはやはり手作りの部分が多くて、開発に時間がかかります。パーツひとつがダメになったら作り直しになりますから。ビデオゲームは基板で内容を変えられるという面が圧倒的に支持されたのでしょう。
映像でいろいろなことができるようになった「ビデオゲーム」
それと従来のメカトロ機ではできなかった動き、たとえば「ポントロン」では当てる角度によってどういう動きをするのかなど、当時の人たちにとっては革新的だったのでしょうね。
私自身としても楽しくプレイしていましたよ。やはりビデオゲームの映像でいろいろなことができるようになった、それも大きいでしょうね。
ビデオゲーム創世時、勢いのあった「タイトー」
ビデオゲーム創世当初はタイトーさんが「スピードレース」(1974年)というドライブゲームを出して、それが大ヒット。タイトーさんとのシェア争いはすごかったですよ。
「インベーダー」が爆発的に盛り上がった理由とは?
▼そして1978年爆発的ヒットを記録したタイトーの「インベーダー」が出てくるわけですね。
永井:「インベーダー」が爆発的に盛り上がった理由として、テーブルタイプの筐体の普及があるでしょうね。その頃はまだテーブル筐体はなくて、アップライトばかりでした。
アップライト筐体
「インベーダー」を喫茶店にも置けるようにとテーブルタイプの筐体が普及して、それを契機にいっせいに流行していきましたから。当時のタイトーさんの売上は本当にすごく、日本企業の中でホンダさんを抜いていたという記憶があります。
テーブルタイプ筐体
「インベーダー」ブームとその終息、その後「パックマン」の大ヒット
当時は「インベーダー」だけのシングルロケーションがあったくらいですからね。この頃は芸能人の方々が沢山「セガ」にいらっしゃいましたよ、販売してほしいって(笑)。
私もセガが当時作った「ヤマト」を販売していましたが、タイトーさんには勝てなかったですね。でも、その後に出した「スペースファイター」や「ヘッドオン」もかなりヒットしましたよ。「インベーダー」ブームが終息して、その後はナムコさんの「パックマン」のヒットがあり、それ以降アーケード業界は右肩上がりで上がっていきましたね。
1969年、新宿の「ゲームファンタジア ミラノ店(シグマ)」から始まった独立店舗
▼80年代ともなると、独立したアーケードの店舗が出てきたんでしょうか。
永井:メダルゲーム店舗でいうと「シグマ」さんが一番早くて、1969年に渋谷に実験店を作り、それから新宿に「ゲームファンタジア ミラノ店」を開業されていました。
まだ風営法が施行されるまえだったので、24時間営業店を歌舞伎町でメダルゲーム中心で運営されていました。
個人による独立店舗もあったのでしょうけれど、まだボーリング場やデパートなどでのコーナーの比率が高かった記憶があります。
場所によってはドライブインに併設して24時間営業をされていたところもありましたし。1985年の風営法施行直前の頃にはだいぶ独立した店舗が増えていました。
業界全体で3K(暗い・汚い・怖い)脱皮に取り組んだ、80年代中盤
▼80年代はやはり昔の怖いゲームセンターのイメージが残っていたんですか。
永井:その頃はもう店舗も明るくきれいになっていましたね。3K(暗い・汚い・怖い)脱出を目指して、トイレをきれいにして照明を明るくして、業界全体で3K脱皮に取り組んだのが80年代中盤ですね。
ゲームセンターをきれいにしていく過程で疑問に思ったのが「なんでトイレが店舗にひとつしかないのか」ということ。だからお店を作るときはトイレに男性用と女性用を作ることをいちばん注意しました。
従業員教育においても徹底しましたし、灰皿に吸い殻があったらこまめに清掃し、交換しようとか、禁煙にして喫煙コーナーを作っていったらどうかとか。そのような努力でサービス業に近づいていったと思います。
大型体感ゲーム「アウトラン」世界で2万台出荷
1984年の総売上が160億円くらい。そのころ直営店舗も運営するようになって、大型体感ゲームが登場してきます。「ハングオン」があって、鈴木裕(SEGA-AM2代表取締役)の名作「アウトラン」が出てきた。当時「アウトラン」はすごかった。世界で2万台くらい販売されたと思います。
風営法により業界全体の売上が一時2500億円まで下がった
それから鈴木裕も「アフターバーナー」などいろいろ作りましたが、やはり幻の名機といわれるだけあって「アウトラン」は強かったですね。体感ゲームの登場で、一度下がったアーケード業界の売上が少しずつ上がっていきましたね。風営法により業界全体の売上が一時2500億円まで下がったのです。
右肩上がりだった1985年から95年までの体感ゲーム
しかし体感ゲームが出てきた85年から95年くらいまでは右肩上がりでした。その時にセガは出店を拡大させていきました。1年で150店舗くらい作りましたね。
1985年の「新風営法施行」以降「店舗作り」「イメージ」を変えていったセガ
それまでは場所を借りて営業していた時代で、どうしてもオーナーさんの意向が強かったから、これからは直営で店舗を作らなきゃいけないと。店舗作りもイメージを変えようとした時代です。
80年代に大きく盛り上がったアーケードゲーム
80年代は本当にアーケードが盛り上がっていきました。任天堂さんが「ドンキーコング」(1981年)を出し、1983年にはカプコンさんも創立されて、ここでビデオゲームの比率が一気に増えましたよね。
一時は売上が下がった時期もありましたが、体感ゲームの登場により市場は拡大することになります。商品ジャンルが増えたんですよ。
1985年、イタリアから生まれた「クレーンゲーム」が日本で「UFOキャッチャー」として登場
クレーンゲームの普及もこの頃からです。最初はイタリアにあったものなのですが、それが1960年代半ばに輸入されてきて。それから「プライズマシン」が出てきて、セガも縦長の筐体を作ってました。それが洗練されて、体感ゲーム時代に「UFOキャッチャー」として登場したのです。
アーケード市場が、拡大し続けた10年間(85~95年)
80年代後半は、「メダル」があり「プライズ」「ビデオ」もあり「体感ゲーム」がある、そういう幅広い商品の展開ができるようになったのと同時に、店舗をきれいに明るくしていった時代です。
だからこそ、1985年から1995年の約10年間、市場は拡大していったのでしょう。
アーケードの売上に影響を与えた一番の理由は「家庭用のゲーム機」
家庭用のゲーム機が登場し始めるのもこの時代です。セガも積極的に出したし、任天堂さんのファミコンも出てきて。これによりビデオゲームの売上が下がるという現象が発生します。
家庭用ゲーム機の登場が、アーケードの売上に影響を与えた一番の理由でしょうね。それまではビデオゲームは一時期店舗の中で4、5割は占めていましたから。
今は「バーチャファイター4」や、他社さんからも「鉄拳4」「CAPCOMvs.SNK2」が発売されて、ビデオゲームの売上比率をかなり上げています。現在はアーケードだけの楽しみ、家庭用ではできないものを、という考えで通信をやったり、カードシステムを使ったゲーム機の開発を推進しています。
店舗数は大幅に減るものの、売り場面積は3割減少程度、大型化するアミューズメント施設
▼90年代を振り返ってみて、今後アーケード店舗のありかたは変わっていくのでしょうか。
永井:現在は全国の店舗数を約500店に絞りましたが、店舗の大型化により売り場面積でいえばせいぜい2~3割くらいしか減っていません。
いまは郊外型の店舗で500坪。町中の店舗でも、最低100坪くらいはないと商品構成を充実したものにできません。メダル、プライズ、ビデオ、大型筐体という構成が不可能になってしまう。
今のままの店舗形態では、市場は維持、存続はするでしょうが、マーケットパイは簡単に広がらないでしょう。
風営法によるさまざまな制約も確かにある、しかしダメだダメだといって何も考えなければ、アミューズメント施設の発展はないと思います。
アーケードでしか楽しめない何か、これが重要な要素でしょう。たとえば「ダービオーナーズクラブ」のような革新的なゲームを発展させれば、そこに未来はあると思います。
セガのアーケードゲームで一番貢献したタイトルは?
▼店舗にとってセガのアーケードゲームで一番よかったのはどのタイトルでしょうか?
永井:数字で貢献したのはやはり「バーチャファイター」「バーチャファイター2」ですね。「アウトラン」もすごかった、しかもヒット期間が長かったですね。
最近だと「ダービーオーナーズクラブ」です。あれだけ多くのお客さんに支持されたというのはうれしいですね。
個人的には「ハングオン」や「アウトラン」が記憶に残ります。一時売上が低迷したアーケード業界を浮かび上がらせたタイトルだし、まったく新しいジャンルを作ったタイトルですから。
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