セガ アーケードゲーム

『セガ』の歴史年表(1951年~2001年まで)

セガ

『セガ』の歴史(1951年~2001年まで)

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『セガ』の創業から『家庭用ゲーム機』製造販売から撤退(2001年)までの『年表』を作成しました。

『セガ』の会社年表(1951年~)

期間親会社資本会社名
1951-60年9年
外資系
サービスゲームズジャパン
1960-65年5年日本娯楽物産と日本機械製造
1965-1983年18年G&W
セガ・エンタープライゼス
1983-2000年17年CSK
国内資本
2000-2015年15年
サミー
初代・株式会社セガ
2015-2020年5年株式会社セガゲームス
2020年2代目・株式会社セガ

『セガ』の歴史年表(1951年~2001年まで)

出来事
1951年『レメーヤー&スチュアート社』設立
駐留軍(在日米軍)の基地へ
『ジュークボックス』や『スロットマシン』の販売を開始。
1954年『サービス・ゲームズ』に社名変更
1957年「サービス・ゲームズ・ジャパン」に社名変更
1960年
『サービスゲームズジャパン』分社化。
営業部門の『日本娯楽物産』と
製造部門の『日本機械製造』とに分割新設。
7月自社製ジュークボックス『セガ1000』が大ヒット
1964年6月営業部門の『日本娯楽物産』と
製造部門の『日本機械製造』再び統合。
1965年6月『口ーゼンーエンタープラィゼス』と合併して
『株式会社セガーエンタープラィゼス』となる。
1966年アーケードゲーム『ペリスコープ』世界で大ヒット
1967年『V&V社』から『中山隼雄』が独立後
『エスコ貿易』社設立
1969年
アメリカの『ガルフ・アンド・ウエスタン(G&W)』が資本参加
アーケードゲーム『セガミサイル』『セガグランプリ』が大ヒット
1971年
国産初のピンボールとなる『フリッパーピンボール』発売
1972年『アタリ社』からビデオゲーム『ポン』発売
1973年アタリ『ポン』のコピーゲーム『ポントロン』
タイトーは『エレポン』とほぼ同時に発売。
1978年
アメリカのアーケードビデオゲーム会社
『グレムリン・インダストリー』を買収。
タイトーの『スペースインベーダー』が社会現象に
『セガ』業界2位に転落
1979年
『中山隼雄』『セガ・エンタープライゼス』の副社長として入社
『セガ』『エスコ貿易』を買収。
『スペースインベーダー』ブームの終焉
6月『ヘッドオン』を発表
12月『モナコ・グランプリ』が大ヒット
ナムコの『ギャラクシアン』が大ヒット
1980年ナムコの『パックマン』が大ヒット
『セガ』は業界3位へ転落する
1981年
『フロッガー』発表
『任天堂』から『駒井徳三』『セガ』へ入社
1982年『アメリカ』の『ゲーム機市場』急落
1983年
アメリカの『セガ』の業績不振に
親会社『G&W』が『セガ』の売却を検討し始める
『中山隼雄』『セガ日本法人』
の買収の『交渉権』を取り付ける
4月『ハングオン』『スペースハリアー』など数々の
ヒット作を生み出す『鈴木裕』入社
7月セガ『家庭用ゲーム市場』に参入
『SC-3000』『SG-1000』を発売
『任天堂』『ファミコン』を同日発売
『家庭用ゲーム業界』の幕開け
『CSK』の『大川会長』に出資により
『セガ』国産会社として独立
セガ・ヨーロッパ設立
1985年
『新風俗営業法施行』により
ゲームセンターは、夜12時以降営業禁止に
『セガ・マークIII』を発売
●世界初の体感ゲーム『ハングオン』『スペースハリアー』発表。
SEGA of America設立
UFOキャッチャー発売
1986年
セガ、株式を店頭公開
体感アーケードゲーム機『スペースハリアー』と『アウトラン』発売。
1987年『アフターバーナー』『アフターバーナーII』発表。
1988年
セガ、東証2部上場企業に
家庭用ゲーム機初の16ビットマシン『メガドライブ』を発売
アーケードゲーム機『テトリス』発売
1990年
セガ、東証1部上場企業に
携帯型ゲームマシン『ゲームギア』発売
1991年『ソニック』が海外で大ヒット、
『セガ』のイメージキャラクターになる。
1992年
3Dアーケードゲーム機『バーチャレーシング』発売
アメリカで特許侵害をめぐりジョン・コイルと巨額裁判になる
1993年
『ホンダ』の『入交昭一郎』
『セガ』の副社長に就任
『バーチャファイター』発表
F1グランプリで『ウィリアムズ・ルノー』のスポンサードになる
1994年
『バーチャファイター2』大ヒット
次世代ゲームマシン「セガサターン/44800円」発売
『セガサターン』発売
1995年
シール作成機『プリント倶楽部』発売
物流部門をセガ・ロジスティクスサービスに分社。
1997年
1月『セガ』と『バンダイ』の合併を発表
に。以後、両社は協力関係という形に落ち着く。
5月『セガ』と『バンダイ』を合併解消する
セガサターン『せがた三四郎』がイメージキャラクターに。
東糀谷にあった赤井電機旧本社ビルを取得し、セガ本社3号館とする
1997年セガの『中山隼雄社長』が副会長に
『入交昭一郎副社長』が社長に就任
1998年
『Dreamcast(ドリームキャスト)』発売
DC互換基盤『NAOMI』発表
経営破綻した『コンパイル』から『ぷよぷよ』の権利を買う
1999年
『中山隼雄』『セガ』を退職し
人材派遣会社「株式会社パソナ」の会長に就任。
湯川専務『ドリームキャスト』の品不足の責任を取り常務に降格するも
年末にはセガ・ミューズの会長に就任。
3月●決算で特別損失330億円を計上し、
連結最終損益が約450億円の赤字になると発表。
経営再建へ、ソフト開発部門・アミューズメント施設事業・
ネットワーク事業部門をそれぞれ分社化
2000年
『セガ』と『マイクロソフト』
『X-BOX』の共同開発に関する交渉が決裂
大川功、代表取締役会長兼社長就任
アーケードゲーム機自社生産から撤退。
2001年
家庭用ゲーム機製造販売から撤退を表明
『CSK』の『大川功』より850億円の個人資産の寄付を受ける。
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