セガ

第2回セガの第1期黄金時代 セガ VS 任天堂までの道 ~セガの歴史~

セガ

セガの第1期黄金時代 セガ VS 任天堂までの道 ~セガの歴史~

自社開発の『ジュークボックス』『セガ1000』の大ヒットによって
『アミューズメント業界』に頭角を現してきた『セガ』

 

『セガ』は『セガ1000』の成功から
いよいよ『オリジナル』の『ゲーム機器』の製造を始めるんだ。

セガ・ジュークボックス・セガ1000

そして第1期黄金時代を迎えるんだ。

セガ ロゴ

ゲーム史に残る傑作『ペリスコープ』の誕生 『セガ』第1期黄金時代へ

アメリカのコングロマリット『ガルフ・アンド・ウエスタン・インダストリーズ(G&W)』の資本参加により

 

企業体質を強化した『セガ』は、

いよいよ『オリジナル』の『ゲーム機器』の製造を始めるんだ。

セガ・GW

この頃、日本では漫画家の『小沢さとる』
『週刊少年サンデー』で1963年~1965年まで連載した

 

海洋冒険漫画の『サブマリン707』が人気を博していた頃で

この『海洋冒険漫画』から発想されたのが、

マリン606

『セガ』が1966年に発売した『アーケードゲーム』の

『ペリスコープ』なんだ。

セガ・ベリスコープ

このゲームは『潜水艦』の『潜望鏡』を覗きながら敵艦に向かって魚雷を撃つゲームで
ゲーム史に残る傑作ゲームになるんだ。

 

『ペリスコープ』のゲーム内容は、

 

『潜望鏡』を模した『スコープ』を覗くと、
夜の海を『敵艦隊』が2列の『縦陣』になって進んでいる

 

そこで『プレイヤー』は『艦長』と『魚雷撃手』のふた役を演じて
『魚雷戦用意』し『発射・ボタン』を押すことで

『発射音』とともに白い航跡を残して『魚雷』が進んでいく

 

そして『敵艦』に『魚雷』が命中すると

『ズズーン』と籠った爆発音が響き『敵艦』は撃沈する
というゲームなんだ。

Uボート

映画『Uボート』みたいだね。
面白そう

この『ペリスコープ』は、

 

出展した『ロンドン』や『シカゴ』の『展示会』でも大人気を博し
『ヨーロッパ』や『アメリカ』の業者から、応じられないほど『注文』が殺到した。

 

『ペリスコープ』の世界的な大ヒット商品になったんだ。

セガ・ベリスコープ

1969年に『セガ』は、

 

更に『ミサイル』で『侵入機』を撃墜する『セガミサイル』

同年『レースシュミレーションゲーム』の『セガグランプリ』などを発表し、いずれもヒットを飛ばしたんだ。

セガグランプリ

この頃には『セガ』は、

 

『直営ゲームセンター』も持っていて、
『アーケードゲーム機』の『ペリスコープ』の世界的な大ヒットもあり『セガ』の第一期黄金時代ともいえる頃だったんだ。

セガ

『ゲーム機市場』への参入を・・・

一方『中山』さんが入社した『V&V』は、

 

『ジュークボックス』や『スロットマシン』などの『輸入・販売』という同じ業態から出発して

『ゲーム機』の『製造・輸出』へと発展していった『セガ』に対して

 

『V&V』はかたくなに『ジュークボックス』路線を守っていた。

ジュークボックス

1965年頃になると

『ジュークボックス市場』は完全な『成熟市場』になっていたんだ。

安定はしていたが、発展は望めない。

 

もちろん、その豊かな『ゲーム機市場』に目をつけぬ『中山』さんではない。

アーケードゲーム

『V&V』の社長室

『中山』さん

『ヴィレンスキー』さん

 

我社もそろそろ『ジュークボックス』だけでなく
『ゲーム機市場』に挑戦してもいい頃じゃないですか?

 

・・・・・

ライバル会社の『セガ』は、
『ゲーム機市場』で大成功してますよ

 

『ジュークボックス』は、そろそろ頭打ちの状態にあります。

 

『ゲーム機市場』に商売を広げてみてはいかがでしょう?

アーケードゲーム

・・・・

 

確かに『ゲーム機市場』が今急成長していることはわかるが
流行り廃りの激しい市場でもある

 

・・・・・

 

我々は長年『ジュークボックス』で商売をしてきたんだ。
市場も安定しているし、大きなシェアも獲得できている。

 

我社は『ジュークボックス市場』で堅実な経営を目指したいんだ。

ジュークボックス

・・・・・

社長の『ヴィレンスキー』さんの答えは『ノー』だったんだ。

『中山』さんを連れて日本中を歩き、
『営業部』の設立にすぐ『オーケー』を出した
営業畑の兄の『S・ヴィレンスキー』は、すでに亡くなっていたんだ。

 

そして社長は、経理畑出身の弟『H・ヴィレンスキー』に変わっていたんだ。

もともと堅実な人柄でもあり、兄を失って積極的な気分も失っていた頃だった。

 

だが『中山』さんは、守旧的な商売に止まっていられる人間ではなかったんだ。

 

営業まわりで『ゲーム市場』の急成長を
肌で感じていた『中山』さんは

『V&V』に勤めながら、個人的にゲーム機器の取り引きを始めたんだ。

 

もちろん、通常の業務も人並み以上にこなしながらね。

アーケードゲーム

社長の『ヴィレンスキー』さんは
『中山』さんがしっかし結果を残していることもあり、見て見ぬふりをしていた。

V&Vからの独立、『エスコ貿易』の設立へ

1967年にはいると『ゲーム機器』の需要が高まり
『V&V』の仕事をこなしながらでは、
とても切り回すことが出来なくなってきた。

 

独立する時期が来たと考えた『中山』さんは『V&V』を離れ
『営業部』の『部下4人』を引き連れて

『エスコ貿易』という会社を設立したんだ。

セガ・エスコ貿易

『中山』さんの経営者としての船出は
『渋谷』の『マンション』の一室からのであった。

『エスコ貿易』の飛躍

『エスコ貿易』は『中山』さんの堅実な経営力によって力をつけていった。

 

だが『中山』さんは、
海外から『ゲーム機械』を輸入して売るだけでは、大きな飛躍は望めないと考えるようになる。

アーケードゲーム

うーん、アメリカからの『ゲーム機械輸入』だけでは
将来の成長は頭打ちになりそうだな・・

それにアメリカの『メーカー』ごとに輸入手続きも手間がかかり過ぎるし、
国内の『ゲーム機メーカー』も面白いゲーム機を出し始めている

 

しかもこれだけ急成長しているのに
『国産品』『輸入品』の『ゲーム機』の手配共に手間がかかり過ぎる

 

これでは顧客の『ロケーション』の『オーナー』も
『ゲーム機メーカー』ごとに商品を仕入れるのでは
『ゲーム』のトレンドに対応するのが遅れてしまうのでは?

アーケードゲーム筐体

『ゲーム機業界』は面白いゲームを見極めて
適切なタイミングで市場に投入する

 

目利きの力が重要だからな・・

 

『ゲーム機メーカー』ごとに情報を仕入れていいては
『ビジネスモデル』に限界が来るのでは・・

 

そこで『中山』さんが目をつけたのが『パックセールス』なんだ。

問屋

『パックセールス』?

そう、それまで『ゲーム機器メーカー』は

『ゲームセンター』などの『オーナー』に
自社製品は自社で販売していたんだ。

 

そのため『ゲーム機器』を購入する業者は
気に入った『ゲーム機器』を購入するには

 

『1機種』ごとに別のルートと『契約』しなければならなかったんだ。

アーケードゲーム・筐体

それは手間だね。

そう、そこで『中山』さんは

 

『エスコ貿易』で各メーカーの機器をまとめて購入することにしたんだ。
そして、その『ゲーム機器』を業者に販売する『ビジネス』を始めたんだ。

 

『メーカー』は、

大量に買ってくれるところにならば、割り引いて卸してくれるし

そして『ゲーム機器』を購入する業者としては

『エスコ貿易』1社と取引きすれば、『国産』『輸入品』を問わず気に入った『機器』が手にはいるのんだ。

アーケードゲーム・筐体

便利だね

『中山』さんの思惑は当たり

これは『ゲーム業界』に誕生した初の『デストリビューター(卸問屋)』なんだ。

 

この『デストリビューター(卸問屋)』を始めたことで
『エスコ貿易』は、急成長するんだ。

問屋

『中山』さんの読みは冴えていた。

 

どんな産業でも『中間業者』は存在するし

黎明期とはいえ、急成長していた『ゲーム業界』にも

すべての商品を取り扱う『デストリビューター(卸問屋)』の『ニーズ』が芽生え始めていた頃だったんだ。

 

『中山』さんと『セガ』の出会い

当時の『セガ』も

 

『ゲーム業界』の慣例通り
各地の『オペレーター(ゲーム機器のレンタル業者)』に

直接、製品を販売していたんだ。

セガ ロゴ

そんな時『セガ』は『エスコ貿易』の評判を聞き

『エスコ貿易』と『デストリビューター(卸問屋)』の取引をはじめるんだ。

 

『エスコ貿易』は、業界ナンバーーワンの『セガ』に白羽の矢を立てられるほどに業界内に確固たる評価を築いていたんだ。

問屋

そしてこれが『中山』さんと『セガ』の出会いなんだ。

『ビデオゲーム』の誕生

1972年に『ゲーム業界』に大きな『イノベーション』が生まれる。

 

それは『アタリ社』から発売された『ビデオゲーム』の『ポン(Pong)』の登場なんだ。

ポン・アーケードゲーム

『ポン(Pong)』の登場により
時代は『エレメカ』時代から『ビデオゲーム』の時代へと
徐々に移ってゆくんだ

『エレメカ』で『アミューズメント業界』のトップになった
『セガ』だが。

 

『ビデオゲーム』へ参入に遅れてしまうんだ。

 

日本で『ビデオゲーム』をリードしたのは
当時『セガ』の最大のライバルであった『タイトー』だった。

タイトー

『タイトー』の躍進

『タイトー』は

1973年に国産初の『ビデオゲーム』の『サッカー』を販売
1974年には国産初の『ビデオレースゲーム』の『スピードレース』が大ヒット

タイトー・スピードレース

そして1978年『スペースインベーダー』を発売するんだ。

『スペースインベーダー』社会現象なるほどの大ヒットゲームが登場するんだ。

スペースインベーダー

『セガ』に『中山隼雄』入社

時間を少し遡って1975年頃
『セガ』は

 

創業者の一人『リチャード・D・スチュアート』から
『社長』を引き継いだ『デビット・口ーゼン』は、

 

『セガ』の活動の重点をアメリカに移すことを計画し
代表者として日本の会社を任せられる人間を捜し始めていたんだ。

セガ

そこで『口ーゼン社長』の頭に浮かんだのが
『エスコ貿易』の『中山』さんなんだ。

セガ・ソニック・ザ・ヘッジホッグ

『セガ』の『口ーゼン社長』は

 

『エスコ貿易』との取引を通じて
『中山』さんを知れば知るほどその手腕と人柄に惚れ込んでいたんだ。

 

『口ーゼン社長』は、

 

早速『中山』さんを
『セガ』の『経営者』として入社できないかと誘いはじめたんだ。

 

この『口ーゼン社長』からの誘いは『中山』さんにとっては、
『寝耳に水』の出来事だったんだ。

セガ・ソニック・ザ・ヘッジホッグ

社業は順調で『新宿歌舞伎町』の『ゲーム機器』は、ほとんど『エスコ貿易』のものだったし

『歌舞伎町一番街』を、業界では『エスコ通り』と異称で呼んでいたほどだ。
とても、すぐには首を縦に振れる話ではなかったんだ。

セガ・ソニック・ザ・ヘッジホッグ

この頃の『セガ』は

 

『ビデオゲーム』輸入・販売には熱心だったが、
肝心の『ビデオゲーム』開発には遅れていたんだ。

セガ

『中山』は『デストリビユーター(問屋業)』をしながら

『こんな風に工夫すればもっと面白いゲームは作れるのに』

と、歯痒い思いをすることも多かったという。

そして

『仕入れ販売だけでなく製造も手掛けたい』

と、つねづね思っていたんだ。

確かに『セガ』にはいれば、

源流から蛇口までの一貫体制を手にし、腕をふるえるし

 

最近の『セガ』は『エレメカゲーム機』に偏りすぎているのでは?

 

『タイトー』は面白い『ビデオゲーム』を作っているし
最近『ナムコ』も成長している

セガ ロゴ

タイトー

ナムコ

そんな1978年に『タイトー』から『スペースインベーダー』が登場する

 

『スペースインベーダー』の勢いは、凄まじく

『アーケードゲーム業界』全体が『インベーダーブーム』に乗っていたんだ。

『中山』さん

このままでは『タイトー』が

『アーケードゲーム機業界』を独占してしまうかも知れない

『中山』さんは、杞憂とはいい切れぬ危惧を感じていた。

『タイトー』の嵐を『セガ』にはいってストップしてやろう

 

そして『セガ』をもう一度『ゲーム業界』ナンバーワンに企業にしてやる。

『中山』さんは

 

『セガ』の『ローゼン社長』からの熱意もあり

 

1979年 『中山隼雄』さんは
『セガ・エンタープライゼス』の代表取締役副社長として入社するんだ。
同年『セガ』は『エスコ貿易』を買収する。

セガ

そして『セガ』は

 

1980年・90年代に
『アーケードゲーム業界』『家庭用ゲーム業界』で躍進し
黄金時代を迎えることになる。

セガ

今回はここまで

次回は、1979年 に『セガ』に『副社長』として入社した『中山』さん
『エレメカ』時代から『ビデオゲーム』の時代への移行に遅れた
『セガ』はなかなかヒット作が生まれない状況になっていた。

 

そして『セガ・アメリカ』の業績不振から身売りの噂が流れる。

 

そこで『中山』さんが選択した手段とは・・・・

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