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堀井雄二さんのインタビュー・『ドラゴンクエスト2』への道

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堀井雄二さんのインタビュー

RPGはバランスが命・堀井雄二

堀井雄二『ドラゴンクエスト2ができるまで(後編)』ファミコン通信 1987年7月10日号より
堀井雄二
堀井雄二

いうまでもなくRPGはバランスが命である

 

そして、バランスをとるためには、実際にプレイしてみて、データを少し変更して、またプレイし、さらに変更してゆく、という方法しかない。

 

具体的にいうと、この時期から、スタッフ一同はもちろん、アルバイトのゲームモニターの人たちなど、かなりの人数が実際にプレイしてみるわけ。

 

そして、実際に遊んでみた感想、あるいは苦情などが、すべてボクのもとに届けられる

 

『なかなかお金が貯まりません。』ドラゴンクエスト勇者

『もっと物価を下げてください』

『1回の戦闘に時間がかかります。もっと早めに勝負がつかないでしょうか?』

『もっとレベルが上がるのが早くてもいいのでは? 特に4から5あたりがキツイです』ドラゴンクエスト勇者

『いや、レベルの上がりかたは今くらいでいいけど、あまり死なないようにしてください』

堀井雄二
堀井雄二

――などなど、各人各様の意見をいってくるのだった。

 

そういった意見に耳を傾け、さらにボク自身もプレイしてみる。

そして、ここはマズかったという部分のデータを次々に変更してゆくわけ。

 

それが出来上がると、すぐさま変更後のデータをファックスでチュンソフトに送る。

 

チュンソフトにいる中村くんたちは、ボクからの新しいデータが届くと、そのデータに差しかえて、新しい試作バージョンをつくりあげていく。

堀井雄二
堀井雄二

そして、それを再び、みんなに配るわけ。

 

プレイしてみては、呪文を覚える順番を変更したり、モンスターの強さをかえたり、教会の値段を下げたりと、

1ヵ月がまたたく間に過ぎ去っていた。

ついに最終バージョンが完成

堀井雄二
堀井雄二

もはやタイムリミットである

100パーセントとはいえないけど、90パーセント以上は理想に近いバランスになってきたと思う。

 

もっと時間をかければ100パーセントに近づかせることができるだろうが、これ以上、子供たちを待たせるわけにもいかない

 

12月中旬、ついに最終バージョンが完成する

と同時にボクは胃かいようで、ぶったおれたのだった。いや~キツかったぜ。

ドラゴンクエスト2

『ドラゴンクエスト2』の締め切りに追われる毎日、堀井雄二

大下英治『エニックスの飛翔 実録・ゲーム業界戦国史』しょういん,2001年
堀井雄二
堀井雄二

昭和62年(1987年)、『ドラゴンクエスト2』を発売することが決まった。が、なかなかシナリオづくりが進まなかった

 

ライターとしての仕事を終え、堀井が帰宅すると、千田幸信(プロデューサー)が家の前で待っている

 

『堀井さん、早くシナリオをお願いしますよ』

 

そのような状況が、何日も続いた。

堀井雄二
堀井雄二

本業であるライターとしての締め切りに追われ、そのうえ『ドラゴンクエスト2』の締め切りにも追われる。

 

神経が太いと自負していた堀井だが、さすがに神経をすり減らした
ついには、胃潰瘍にまでなってしまった。

 

『ドラゴンクエスト2』はなぜ、発売延期になったの? 堀井雄二

堀井雄二『ドラゴンクエスト2ができるまで(後編)』ファミコン通信 1987年7月10日号 より
堀井雄二
堀井雄二

状況として年内発売が可能だったのに、何故、結果的に1ヵ月も発売がのびてしまったか?

今回はそのあたりにスポットをあててみよう。

 

何故、のびてしまったか?

答えはカンタンである。
プログラム的には完成したけど、実際に遊んでみると、非常にツラかったから

これが、ひと月のばした理由である。

ゲームとしてのバランスがまだとれていなかった

堀井雄二
堀井雄二

つまり、この時点では、ゲームとしてのバランスがまだとれていなかったのだ

もっとわかりやすくいうと、自分のキャラクターの強さとモンスター側の強さのバランスがペケだったというわけ。

 

もちろん、プレイヤーのレベル設定やモンスターの強さの設定データは、いいかげんに作製したのではない。

ドラゴンクエスト2モンスター

堀井雄二
堀井雄二

中村くんのほうから

先頭のシミュレータ(プレイヤーのデータ、モンスターのデータを入れて、

実際に戦い、その結果が見られるプログラム)をもらい、それでいちいち確かめながら、

プレイヤーのレベル設定やモンスターデータを作成していったのだった。

 

そこまでやってデータを作成したのに、実際にゲームとしてあがってきて遊んでみるとバランスがとれていなかった

それは何故か?

最初にできてきたものはとても遊べたものではなかった

堀井雄二
堀井雄二

理由はふたつある。

まず、シミュレータは1回ごとの戦闘のシミュレーションで、それでもって毎回緊張感のある戦いを、

というようなデータのつくり方をしてしまったため、

実際にゲームになり移動しながら連続的に戦ってみると、

非常にキツいものであったこと。

 

堀井雄二
堀井雄二

さらに、同じモンスターでも、出現匹数により予想以上の結果の違いがあったこと。
このふたつである。

 

このため、最初にできてきたものはとても遊べたものではなかったのだ

 

 

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