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第1回『ドルアーガの塔』制作きっかっけは?-『ドルアーガの塔』制作秘話

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『ドルアーガの塔』制作きっかっけは?-『ドルアーガの塔』制作秘話

ご訪問ありがとうございます。
今回は、『ドルアーガの塔』制作きっかっけは?『ドルアーガの塔』制作秘話

をご紹介します。

おー『ドルアーガの塔』懐かしい。

『ドルアーガの塔』は、

1984年7月に『ナムコ』から発表されたアーケードゲーム用アクションRPGだよ。

 

『ドルアーガの塔』は、その難易度の高さから、ユーザーの間で話題にになり、

その後、『イシターの復活』『カイの冒険』『ザ・ブルークリスタルロッド』などが発表され、

 

『ドルアーガの塔』から始まるシリーズのストーリーは、『バビロニアン・キャッスル・サーガ』と呼ばれているんだ。

「バビロニアン・キャッスル・サーガ」の一覧は、下記の通リです。

 

『ドルアーガの塔』the Tower of DRUAGA(TOD)(1984年7月20日/アーケード)

 

『イシターの復活』the Return of ISHTAR(ROI)(1986年7月8日/アーケード)

 

『カイの冒険』the Quest of KI(QOK)(1988年7月22日/ファミリーコンピュータ)

 

『ザ・ブルークリスタルロッド』the Destiny of GILGAMESH(DOG)(1994年3月25日/スーパーファミコン)

 

このブログでは、名作『ドルアーガの塔』を中心に、『遠藤雅伸』証言集をご紹介します。

 

『ドルアーガの塔』のはじまりは『E.T.』から?

『ドルアーガの塔』制作のきっかけ何ですか?

遠藤
遠藤

それは、『E.T.』なんです。

あの映画の『E.T.』ですか?

遠藤
遠藤

そうです、

 

映画の中で、主人公エリオットのお兄ちゃんがゲームをやっていて、

そこにエリオットがまぜてもらえないというシーンがあるんです。

 

そこでお兄ちゃんが遊んでいたのが

テーブルトークRPG『ダンジョンズ&ドラゴンズ』

だったんですよね。

 

『ダンジョンズ&ドラゴンズ』で、

自分のキャラクターが欲しかったエリオットが『E.T.』に出逢ったとき、

キャラクターとして『E.T.』を好きになるわけです。

 

それを見たとき

そこで遊ばれている

『RPG』って一体何だ

と勉強をはじめて、

 

完成したアクションRPGが『ドルアーガの塔』というわけです。

『E.T』は、1982年に公開された、『スティーブン・スピルバーグ』監督の大ヒットSF映画だよ。

10歳の少年、『エリオット』が地球に取り残された異星人と出会い、心を通わせるという物語だよ。

 

『E.T』は当時すごく話題になっていたよね、

僕も映画を見に行って『E.T』の下敷きを買ってもらったよ。

それと、テーブルトークRPG『ダンジョンズ&ドラゴンズ』って?

『ダンジョンズ&ドラゴンズ』は、1970年代にアメリカが大ヒットした『テーブルゲーム』だよ。

『ダンジョンズ&ドラゴンズ』は、ゲームマニアの中で大流行して、

 

『ダンジョンズ&ドラゴンズ』の面白さを、

『コンピューター』の中でも表現したい

 

という気運が1970年代後半から生まれてきんだ。

そして、パソコンの『Apple II』などから数々の名作『RPG』が生まれるんだよ。

 

代表的なRPGゲームが『ウィザードリィ』と『ウルティマ』だね。

『ウィザードリィ』と『ウルティマ』の影響とルーツ

『ウィザードリィ』と『ウルティマ』の面白さに、

『RPG』を作ってみたいと思ったのが、

 

『ドラゴンクエスト』の生みの親である、『堀井雄二』や『中村光一』さん、

 

そして、『ファイナルファンタジー』の生みの親である『坂口博信』さん『田中弘道』さんたちなんだ。

ドラゴンクエスト1

『ダンジョンズ&ドラゴンズ』って、『RPG』のルーツなんだね。

そうなんだ。

 

そして『ダンジョンズ&ドラゴンズ』の更にルーツは、
イギリスの文献学者であり、作家の『J・R・R・トールキン』の作品、
『指輪物語』なんだ。

遠藤さんは、

映画『E.T』がきっかけで、

テーブルゲーム『ダンジョンズ&ドラゴンズ』から『RPG』を知り、

 

『ドルアーガの塔』を企画するきっけとなった

ってことだね。

『ドルアーガの塔』着想は?

『ドルアーガの塔』は、どこから着想したの?

遠藤
遠藤

アメリカで買った『ダンジョン&ドラゴンズ(D&D)』というファンタジーテーブルトークRPGですね。

 

これは世界で最初のロールプレイングゲームと言われているんです。

 

同時期に『AppleⅡ』でプレイできる『ウィザードリィ』というコンピュータ・ロールプレイングゲームが日本に入ってきて、

 

日本のゲームクリエイターがみんなロールプレイングゲームをつくりはじめました。

 

ぼくはアクションのほうに振って『ドルアーガの塔』をつくりました。

遠藤さんは、テーブルトークRPG好き?

遠藤
遠藤

いえ、面倒くさいので、そんなに好きではなかったですね(笑)。
ただ、知っておいたほうがいいと思ったので、やっていました。

遠藤さんは『ダンジョン&ドラゴンズ(D&D)』をプレイしたことはあるの?

遠藤
遠藤

残念ながら、実際にプレイしたことは未だにありません。

『ドルアーガの塔』の開発開始

『ドルアーガの塔』は開発開始の経緯は?

遠藤
遠藤

ゼビウスが終わって、

 

ボクの次の作業は次代のCPUとなりそうな『モトローラ』の『6809』を勉強することでした。

 

『スーパーパックマン』以降このCPUが使われることになるのですが、
『Z80』でプログラミングを覚えた身としては、
『6809』に対応できないと仕事にならなかったのです。

 

そこで『スーパーパックマン』の基板を使ってプログラムを書き始めました。

遠藤
遠藤

次の企画が決まるまで特にやることもなかったので、

自分でキャラクターを作って
オリジナルのゲームを作ったのです。

 

『イシターの凱旋(the Return of ISHTAR)』と名付けられたそのゲームは、

『カイ』をコントロールして呪文や弓矢をで『モンスター』を倒して宝を取っていく、アクションRPGでした。

 

「遠藤君、このゲームいいじゃない。ちゃんと作ろうよ。」

と課長に言われて、ボクは困惑。

 

『RPG』の概念はまだ日本で知っている人など、ほとんどいなかったからです。

遠藤
遠藤

「実は、このゲームはシリーズの第2弾のストーリーなんです。

もし、やるなら最初から作りたいんですが」

「わかった。企画を上げてくれ」

 

というわけで、『ドルアーガの塔の試作名(the Tower of ANU)』は始まりました。

『ドルアーガの塔』のコンセプト

遠藤
遠藤

ボクはプランニングのセクションに所属していたわけではないので、

このソフトを世に出すには次のコンセプトをメインにすえました。

 

1)稼働率の下がってきた『マッピー』のROM交換でコストを下げる

 

2)正等な迷路モノとして表向きは仕上げる

 

3)RPG、アドベンチャーの要素を取り入れる

 

4)コインで数時間のプレイを避けるため、強制的なゲームの終わりを作る

 

つまり、インカムの悪くなったマッピー基板で軽く一稼ぎしようということで、
2000枚のROM交換程度に売れればよいので実験作が可能な状況だったのです。

 

遠藤
遠藤

人員的にも余裕があったのか、

プログラマを1人つけてくれたのが幸い、
経営的に見れば大切なことなのですが、

制作はハイスピードで進み『半年』ほどで完成にこぎつけたのです。

 

そんなわけで、難易度どうこうは企画の通過に影響しなかったのですね、
なにしろROM交換のC級作品だったわけですから。

 

これで会社がどうこうするというものではないので、

逆にあんなエポックメイキングが生まれたと考えると、

やっぱりナムコの懐の深さを感じずにはいられません。

遠藤
遠藤

誤算だったのは、

 

自社ロケだけで使う予定だったはずなのに、

ヘタに『インカム』が高くなってしまったので、あろうことか基盤を再生産したことでしょうか?

 

「あのゲームは、そこまで売れるゲームじゃない!」と呪ったのですが、

 

時既に遅く、おかげで日本中から、「難し過ぎる」『サギ』などの苦情が殺到。

逆に、そこここで攻略本が作られ、
予期せぬゲームミニコミ誌発展の原動力となった

『ドルアーガの塔』は、『マッピー』の基盤の在庫処分のために作られたの?

そうだね。

 

『ナムコ』から『スーパーパックマン』が発表されたのが、1982年。

1983年1月に『ゼビウス』と3月に『マッピー』が発表される。

そして、『ドルアーガの塔』が1983年7月に発表されるんだ。

 

『ドルアーガの塔』の制作は、『半年』ほどで完成にこぎつけた。

とあるから、

 

『ドルアーガの塔』の制作スタートは、
1984年1月頃からスタートしたことになるね。

 

これを一覧にすると。

出来事
1982年『スーパーパックマン』発表。
1983年1月『ゼビウス』発表。
3月『マッピー』発表。
1984年1月『ドルアーガの塔』制作開始。
7月『ドルアーガの塔』発表。

『ナムコ』の筐体CPUは?

そういえいば、冒頭のCPU『6809』って?

これは、『モトローラ』のCPUだね。

遠藤さんが、前作で制作した『ゼビウス』は、CPUに『Z80』3個を搭載していたんだ。

 

1980年代のCPUといえば、

インテル社のインテル系のCPUと
モトローラ社のモトローラ系のCPUが、

あったんだ。

『6809』は、モトローラ系のCPUで、

『Z80』はザイログ社のインテル系のCPUなんだ。

 

1980年代はじめ、日本ではゲームで利用するCPUは
『Z80』が人気だったんだけど。

この頃、『ナムコ』は、ゲーム基板のCPUを『6809』に
切り替えていたってことだね。

 

モトローラ系のCPU『6809』とインテル系CPU『Z80』では、
全く構造が違うだよ。

 

だから『ゼビウス』の制作で
『Z80』のプログラムを覚えた遠藤さんは
新しいCPU『6809』の習得に励んでいた時期だったんだね。

 

そして、2000枚の『マッピー』基盤をROMを交換して、
売りさばくミッションが、

遠藤さんに任されたってことかな。

 

在庫処分のための『C級作品』が、まさかヒットするとは・・・・

それに、あの『ドルアーガの塔』の難易度の高さにこんな出来事があったとは・・

ご閲覧ありがとうございました。

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