名作レースゲーム「グランツーリスモ攻略」自動車のたどった道/歴史についてご紹介
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グランツーリスモシリーズ関連攻略ページのご紹介
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名作レースゲーム「グランツーリスモ攻略」自動車のたどった道/歴史についてご紹介
遡ること1世紀以上前のこと。ドイツの帝国特許局からひとつの特許登録証が交付された。カール・ベンツに送られたそれは、世界で初めてガソリンを動力とした車両が認められた瞬間だった。それからガソリン自動車は類を見ない発展を遂げた。
それからの自動車史は、数知れないエンジニアたちによる、創造と進化の歴史である。
自動車という世紀の大発明そのルーツをたどる
「車輪」の発明から内燃機関(紀元前3500年~1900年)
車の部品の中で最初に生まれた「車輪」
自動車を形作る物の中で最初に生まれたのは車輪だ。車輪は紀元前3500年頃、黒海付近で初めて作られたと言われる。人間はこの車輪を馬や牛に引かせて馬車や荷車を作った。特に馬車は速くて快適な移動手段として、20世紀始めまで重要な役割を果たしてきた。
新たな動力源「蒸気機関」の誕生
しかし18世紀にイギリスで産業革命が起こると、新たな動力源が注目される。それが水の沸騰・冷却を利用した蒸気機関だ。蒸気機関は1800年頃には自動車に積まれるようになり、1820年代にはロンドンなどを蒸気を動力とする乗り合いバスが走り始めた。
1865年の「赤旗法」により自動車の発展が遅れたイギリス
しかし当時の自動車は、なかなかその利点を理解されなかった。それを端的に物語るのが、1865年にイギリスで制定された「赤旗法」だ。馬車の騎手や馬が驚かないように、この法律は赤い旗を持った人間が自動車を先導することを義務付けた。
つまり自動車が人より速く走ることを禁じたのだ。赤旗法によってイギリスの自動車発展は滞り、他の国に遅れをとることとなったのである。
発展するアメリカ・ヨーロッパ大陸の自動車
一方アメリカやヨーロッパ大陸では、蒸気機関以外にも電気モーターやガソリンエンジンの発明など、自動車の改良・進化が盛んになった。
1861年、ドイツで「4ストローク式ガソリンエンジン」が発明される
そんな中、ドイツ人発明家のニコラス・オットーが4ストローク式ガソリンエンジンを発明する(1861年)。「吸気」「圧縮」「爆発」「排気」という4つの行程からなるオットーのガソリンエンジンは効率に優れ、後にガソリンエンジンが普及する起爆剤となった。
▼ドイツのゴットリープ・ダイムラーが1886年に生み出した4輪自動車。モーターキャリッジ(発動機付き馬車)と呼ばれた。
1901年大油田が発見され、内燃機関の時代が幕を開ける
こうして1900年頃には蒸気、電気、そしてエンジンで走る自動車が互いに性能を争うようになったが、1901年、テキサスで大油田が発見され、この争いに終止符が打たれる。
ガソリンが安価に供給されるようになると、多くの技術者がエンジンで走る自動車の開発に取り組むようになり、ここに内燃機関の時代が幕を開けたのである。
▼ガソリン自動車第1号についてはさまざまな説があるが、ベンツが作った3輪自動車であるというのが有力だといわれている。ティラーと呼ばれる棒ハンドルで前輪を操作し、時速15kmでの走行が可能だった。
夜明け、自動車史はここから始まった(1900-1930年)
ガソリン自動車黎明期に歴史に残る「3人の技術者」
ガソリン自動車の歴史を振り返ると、そこには必ず3人の技術者が登場する。その3人とは、ゴットリープ・ダイムラーとヴィルヘルム・マイバッハ、そしてカール・ベンツだ。
ガソリン自動車の歴史が動き出す
1886年、カール・ベンツは「ガソリンを動力とする車両」の特許を取得する。それが『パテントモトール・ヴァーゲン』という名の3輪自動車だ。
一方、ゴットリープ・ダイムラーとヴィルヘルム・マイバッハは、偶然にもカール・ベンツがパテントモトール・ヴァーゲンを作り上げたのと同じ1886年に「ダイムラー・モーターキャリッジ」を完成させる。
この2台の誕生によって、ガソリン自動車の歴史が動き出すことになる。
1920年代、モータースポーツの誕生
1920年代になると自動車による競技、つまりモータースポーツが始まる。そこから自動車は飛躍的な進化を遂げることになるわけだが、そこで活躍したのが「アルファロメオ」や「ブガッティ」「ベントレー」などである。
例えば「アルファロメオ」が作り出した「6C1750 グランスポルト」は、伝統的な公道レースとして有名なミッレ・ミリアで活躍。ベントレーは1927年からル・マン24時間耐久レースで4連勝という偉業を成し遂げている。
▼ビンテージカーの最高傑作「アルファロメオ・6C1750グランスポルト」
イタリアン・ビンテージカーの最高傑作といわれる「アルファロメオ・6C1750グランスポルト」は、奇才ヴィットリオ・ヤーノによって設計された。スーパーチャージャーで武装した直列6気筒エンジンは、当時としては驚異的といえる85馬力を発揮した。
「フォード・モデルT」発売、大量生産による大衆車の誕生
自動車大国であるアメリカでは、ヘンリー・フォードが1903年にフォード・モーター・カンパニーを設立した。それまで、自動車といえば、一台一台が手作りで、非常に豪華かつ高価な乗り物だったが、ヘンリー・フォードはベルトコンベアー方式による大量生産システムを導入することに成功し、自動車の大衆化を実現する。
1930年代「フィアット500」「フォルクスワーゲンのプロトタイプ」も誕生
1930年代には自動車生誕の地であるヨーロッパでも、多くの人々が「モデルT」のような大衆車を求めるようになる。イタリアでは「フィアット500」が登場、ドイツではフェルディナント・ポルシェが設計を手がけた「フォルクスワーゲンのプロトタイプ」も誕生した。
日本でも自動車製造会社(日産)、トヨタ自動車の誕生
この自動車の大きな波は日本にも押し寄せる。欧米の動きに刺激を受けた日本では国の支援もあって自動車製造会社(現、日産)やトヨタ自動車といった自動車メーカーが続々と誕生、純日本製自動車を生み出していく。
▼トヨタ(当時は豊田自動織機製作所)によって製作された初の純国産大型車。ドアの開閉は左右とも観音開きを採用した流麗なデザインは、デ・ソートのエアフローを規範としたものだ。直列6気筒3.4lが搭載され、最高出力は65馬力を発生する。
人々の手に、飛躍的な革新を遂げた時代(1940~1960年)
戦後、自動車は飛躍的な進歩を遂げ、消費財へと
1945年、第二次世界大戦が終結すると、アメリカや敗戦国を除いたヨーロッパでは、自動車が飛躍的な進歩を遂げる。それと同時に自動車は消費財としての側面も持つようになった。
アメリカで大型化する自動車
アメリカでは大量消費の時代が訪れたこともあり、その傾向に拍車がかかる。ボディサイズは拡大の一途を辿り、航空機のようなテールフィンを採用した近未来的なフォルムがこぞって採用された。
戦後、ヨーロッパから生まれた小型実用車
一方、ヨーロッパには戦争の疲労が色濃く残り、戦前まで存在していたラグジュアリーカーの姿は、ほとんど見られなくなった。それに代わり登場したのが小型実用車だった。
1947年「ポルシェ」の誕生
1947年になるとドイツ自動車産業の復活を象徴するかのように、新しいメーカーが誕生する。それが「フォルクスワーゲンタイプ1」を設計した天才技術者フェルディナンド・ポルシェの息子、フェリーポルシェが父と共に興した「ポルシェ」である。
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ポルシェ、ヨーロッパ系小型スポーツカーのルーツ「356」を製作
フェリーポルシェは、フォルクスワーゲンタイプ1をベースに「356」を製作。この「356」は後のヨーロッパ系小型スポーツカーの指標となった。
レーシングカーが脚光を浴びる
一方モータースポーツの復興によって「フェラーリ」「アルファロメオ」「ジャガー」といったスポーツカーメーカーの動きが活発になり、ロードゴーイングレーサーとして公道を走れるレーシングカーが脚光を浴びたのもこの頃である。
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ヨーロッパで活気だつ「スーパーカー」
第二次世界大戦から十数年が経過すると、ヨーロッパでは再び自動車業界が華やかさを取り戻す。それを象徴するかのように登場したのが、スーパーカーと呼ばれるクルマたちだ。
ランボルギーニ「350GT」「ミウラ」「カウンタック」生み出す
フェラーリ「365GTB/4デイトナ」「BB512」「テスタロッサ」の登場
一方フェラーリも「365GTB/4デイトナ」「BB512」「テスタロッサ」を登場させ、お互いがしのぎを削りあった。
イギリスでスポーツカーの文化が華開き「ジャガー」「ロータス」「アストンマーティン」頂点を極める
その頃イギリスでは華麗なスポーツカーの文化が華開く。「ジャガーEタイプ」が1961年に登場すると、同時期に「アストンマーティンDB4」や「ロータスヨーロッパ」が登場、スーパーカー・スポーツカー文化は頂点を極めた。
躍進する日本の自動車メーカー
日本では1955年「初代クラウン」登場
そんな中、日本車は日本人に合わせたクルマを作り上げていく。トヨタは海外メーカーのライセンス生産ではなく、純国産車を目指して1955年に初代クラウンを登場させる。
1958年「スバル360」が大ヒット
それと時を同じくして当時の通産省が国民車構想を立ち上げた。正式な国策とはならなかったものの、その基準に合致する「スバル360」が1958年に登場するとたちまちヒット作となる。
1960年代、ホンダ「スポーツシリーズ」を発表
国産初の量産スポーツカー「ダットサンフェアレディ」登場
日産は国産初の量産スポーツカーとして、ダットサンフェアレディを完成させる。そして登場するのがトヨタ2000GT。日本の自動車製造技術は、スポーツカーの分野においても世界に追いついたことを証明してみせた。
▼トヨタ2000GTは、日本の自動車製造技術が世界レベルに匹敵していることを証明してみせた。最高出力150馬力を発生させる直列6気筒エンジンは、当時の最先端技術の粋を集めたもの。
スポーツカーに夢を見た、速さの時代(1970~1990年)
1970年代のスポーツカーブーム
1970年代になると技術の大衆化によって自動車の高性能化がさらに加速した。その恩恵を強く受けたのがスポーツカーである。70年代のスポーツカーはそれまで同族として扱われてきたレーシングカーと袂を分かち、高性能市販車としての存在を明確にした。
「燃料消費 / 排ガス浄化」技術の進化から「マスキー法 / オイルショック」を乗り越える
アメリカのマスキー法(大気汚染防止法案)やオイルショックによって逆境にも陥ったが、それを契機に燃料消費や排ガス浄化の技術が進化し、よりクリーンで高効率なモデルを生み出す結果となった。
アメリカで「コルベット」「マスタング」「ファイアーバード」が登場
アメリカでは老舗、「シボレー・コルベット」に加えて「フォード・マスタング」や「ポンティアック・ファイアーバード」といった新興ブランドが力を伸ばし、パフォーマンスを競いあった。
シボレー コルベット | プラモデル(ホビー/おもちゃホビー) | 中古・新品通販の駿河屋
ヨーロッパでは「MG」「ロータス」「アルファロメオ」などがスポーツカーを投入
ヨーロッパではスーパーカーが定着する一方、手ごろに走りが楽しめる量産スポーツモデルも人気を博した。イギリスの「MG」や「ロータス」、イタリアの「アルファロメオ」などがスポーツカーを投入。ここでは「ターボ」や「DOHC」といった高性能化技術の普及も大きな役割を果たした。
日本でも個性的なスポーツカーが続々と誕生
日本車の著しい成長も見逃せない。70年代に高度経済成長期を迎えた日本では人々の生活水準が上昇し、個性的なスポーツカーが続々と誕生することとなった。
1978年、ロータリーエンジンを搭載「サバンナRX-7」発売
1978年にマツダが発表したサバンナRX-7は、流麗なボディにロータリーエンジンを搭載し、オイルショックで萎縮したスポーツカーマーケットに新風を吹き込んだ。
▼マツダサバンナRX-7(SA22C型)
日産「フェアレディZ」「スカイライン」の成功
日産は名車スカイラインを進化させ続ける一方で、フェアレディZを世界的成功へと導いた。Zはサファリラリーなど国際イベントでも活躍し、スカイラインとともに日産のスポーツイメージを決定づけたのである。
トヨタ、セリカを源流とする「スープラ」を発表
トヨタはセリカを源流とするスポーツカー「スープラ」を発表。FRのシャシーに直列6気筒エンジンを組み合わせた「スープラ」は人気を博し、サーキットでも活躍を演じた。
80年代末「ホンダNSX」「ユーノスロードスター」が世界的ヒット
80年代末になるとホンダNSXやユーノスロードスターが世界的ヒットとなり、欧米のスポーツカーに影響を及ぼすまでの存在となった。
▼「NSX」は、ホンダがF1をはじめとしたモータースポーツフィールドで培ったテクノロジーを惜しみなく注ぎ込んで開発された日本初のスーパーカーだ。
90年代、ラリーを中心に「スバル・インプレッサ」「三菱ランサー」が躍進
さらに90年代に入るとスバル・インプレッサ、三菱ランサーが誕生。ラリーを主な舞台として日本車の高性能ぶりを強烈にアピールしたのである。
現代(2000年~)、淘汰と発展を続け、さらなる未来へ
変革がもたらした2つの潮流
1990年代に入ると、エレクトロニクスの発達などを背景として、自動車には新たな2つの潮流が生まれた。
ハイブリッドカー「プリウス(1997年)」「インサイト(1999年)」の発売
一つは内燃機関の次を見据えた次世代型自動車である。1995年、トヨタが内燃機関にモーターを組み合わせたコンセプトカー「プリウス」を発表、1997年にこれを世界初の量産ハイブリッドとして市販した。
一方ホンダも1999年にハイブリッドスポーツ「インサイト」を投入、内燃機関一辺倒だった自動車のあり方に変化が生まれた。21世紀になるとここにEV(電気自動車)が加わり、次世代型自動車は徐々にその選択肢を増やしつつある。
スーパースポーツカー
もう一つの流れはスーパースポーツカーだ。21世紀のスーパースポーツは、内燃機関や骨格材、車両制御技術の進化などによって、かつてのスーパーカーをはるかに上回る性能を、圧倒的に扱い易く実現させた点が特長である。
プラモデル1/24 マクラーレン F1 GTR 1997 ルマン24時間 ガルフ #41 「スーパーカーシリーズ No.19」
「マクラーレンF1」「フェラーリ・エンツォ」「ポルシェ・カレラGT」「メルセデスSLRマクラーレン」の登場
源流は1993年に市販された「マクラーレンF1」と言われるが、21世紀に入ると「フェラーリ・エンツォ」「ポルシェ・カレラGT」「メルセデスSLRマクラーレン」が登場し注目を浴びた。中でも2006年に市販された「ブガッティ・ヴェイロン」は最高出力1001ps、最高速度407km/hというスペックを持つスーパースポーツのシンボル的存在だ。
マクラーレンF1 | おもちゃホビー | 中古・新品通販の駿河屋
他にも「アウディR8」「ランボルギーニムルシエラゴLP670-4SV」「アルファロメオ6Cコンペティツィオーネ」などこの市場には魅力的なモデルが続々と参入し、超高性能スポーツカーの健在ぶりをアピールし続けている。
▼2008年から販売が始まったEVカー「テスラロードスター」。次世代型自動車にスポーツカーの魅力を持ち込んだクルマだ。
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