古民家の知恵(配置/向き/地相/家相)についてご紹介|民俗学/古民家を訪ねる旅
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今回は、古民家の知恵(配置/向き/地相/家相)についてご紹介します。
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農家屋敷の「外部との境(屋敷林・生垣・塀)」
農家の屋敷は、周囲に巡らした「屋敷林」や「生垣」「塀」などによって、外部との境としています。このうち「屋敷林」には、欅(けやき)や杉、松といった高木が防風や防塵のためばかりではなく家屋の建築材料を確保するために、また、桐や桜などは家具材、柿や梅などは食用(出荷用)にと、自給自足のために欠かせぬ樹木が多く植えられていました。
また「生垣」には、「樫(かし)」や「柊(ひいらぎ)」「珊瑚樹(さんごじゅ)」「柾(まさめ)」などの常緑樹を使うことが多く「竹垣」や「柴垣」などの垣にした家も見られました。塀については、一般の農家ではほとんど見られませんが、名主などの役職に付いた家では、板塀で一部を囲ったところもあったようです。
屋敷への入口(表側)「ジョウグチ(常口)」と裏手「セド(背戸)/セドグチ(背戸口)」
そして、こうして巡らされた屋敷林や生垣の合間に、屋敷への入口が開かれていました。世田谷辺りでは、こうした屋敷への入口(表側)を普通「ジョウグチ(常口)」と呼んでいます。
これに対して、屋敷の裏手にある出入口を「セド(背戸)」または「セドグチ(背戸口)」と称しています。
旧安藤家住宅配置図(世田谷区立次大夫堀公園民家園内)」
かつてはこうした「ジョウグチ(常口)」や「セド(背戸)」には、特に門を構えるというようなことはなく、周囲に配した生垣の途切れたところから、あるいはうっそうと茂った屋敷林の切れ間から屋敷内へと入れるような、ひっそりとしたたたずまいになっているのが普通でした。
世田谷・大蔵村の名主「旧安藤家住宅主屋全景(世田谷区立次大夫堀公園民家園内)」のご紹介|古民家を訪ねる旅
世田谷・大蔵村の名主「旧安藤家住宅主屋全景(世田谷区立次大夫堀公園民家園内)」のご紹介|古民家を訪ねる旅 ご訪問ありがとうございます。 今回は、世田谷・大蔵村の名主「旧安藤家住宅主屋全景(世田谷区立次大夫堀公園民家園内)」についてご紹介しま...
「名主」や「旧家」に許された門構(長屋門/薬医門/冠木門)
ただし、名主や旧家といったある限られた階層の家だけは、身分制度の厳しかった江戸時代にも特に門を構えることが許され、世田谷辺りでも「長屋門」や「薬医門」「冠木門(かぶきもん)」を持つ家が見られます。
【長屋門】は、元来武家屋敷に見られた門形式の一つで、家臣の居所としての長屋と門とが結合したものでしたが、名主階でもお上に貢献した家に特別に許されたものです。扉脇の部屋は、一方が年貢米を預かる収納に使用され、もう一方は土間で納屋や農具小屋、あるいは下男部屋として用いていましたが、土牢などを設けることもありました。
【薬医門】は、元来医者の家に建てられた門で、本柱の後方に控柱を建てその上に女・男梁を架けて屋根を載せたものです。
【冠木門】は、門柱に拱木の冠木を渡した略式の門で、屋根を載せるものと載せないものがあります。
世田谷区内に現存する数少ない長屋門3棟の一つ「旧谷岡家住宅表門(世田谷区立次大夫堀公園民家園内)」のご紹介|古民家を訪ねる旅
世田谷区内に現存する数少ない長屋門3棟の一つ「旧谷岡家住宅表門(世田谷区立次大夫堀公園民家園内)」のご紹介|古民家を訪ねる旅 ご訪問ありがとうございます。 今回は、世田谷区内に現存する数少ない長屋門3棟の一つ「旧谷岡家住宅表門(世田谷区立次...
社会的地位(格式)の象徴「門形式」
一般に門は、社会的地位(格式)の象徴で、その門形式によって格付けされていることが多く、こうした門も、元来は武家や公家などの屋敷に見られた門形式を踏襲したものでした。
門代わりや魔除けの意味を持つ巨木(欅や椋)
また、一般の農家においても「ジョウグチ(常口)」の両脇に「欅(けやき)」や「椋(むく)」などの巨木を植えて門代わりとしたり、魔除けの意味で格を一対植えてある家も見られました。
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「主屋の向き」について
世田谷の場合「ジョウグチ(常口)」を入ると屋敷内は農作業の場であるニワを中心として、「主屋」や「付属屋」が配されている場合が多いようです。そして、その配され方は千差万別で、1つとして同じものはありませんが、広い視野から見て行くと、いろいろな共通点が見えてきます。
主屋が全体の6割以上が「南東」「南西」の方へずらして建てられている
ニワに面して建つ主屋は、日照の点から南向きに建てられることが多いわけですが、これらは全て真南を向いて建っているとは限らず、むしろ南東あるいは南西の方へずらして建てられている主屋が全体の6割以上を占めています。
また、同じ世田谷の地にあっても、地域によってはっきりとその特徴が現れているのです。それでは、地域別に主屋の建てられている向きについて見てみましょう。
世田谷区北西部は「南東/南南東」、区北東部は「東向き」
内陸部に位置する「烏山八幡山」「給田」などの世田谷区北西部では「南東」から「南南東」に向けて建つ主屋が6割以上を占めています。また、区北東部の「北沢」「松原」「桜上水」は、報告例が5件と少ないので確かなことはいえませんが、5件ともほぼ「東向き」に建てられていました。
区南東部は「南/南南西」向き、
「深沢」「中町」「等々力」「奥沢」といった多摩川に近い区南東部では、7割が南から「南南西」に向けて建てられていて、南東から東寄りに向く主屋はほとんど見られません。
世田谷区南西部では「東/南東」「南西」方向
また、これらとは少し立地条件の異なる多摩川流域沿いに開けた「喜多見」「宇奈根」などの区南西部では、「東」から「南東方向」あるいは俗に「富士南」と呼ばれる「南南西」から「南西方向」に建てられていて、南から南南東に向けて建てられている主屋は全く見られないのです。
主屋の向きは内陸部ほど「東寄り」に、多摩川に近い地域ほど「西寄り」に
つまり、内陸部にあたる地域ほど主屋は南から東寄りに向き、また、多摩川に近い地域ほど南から西寄りに向けて建てられていることがわかります。
そして、これらを主屋の建てられた建築年代ごとに比較しても、大きな違いはないといえるのです。
主屋の向きは「風に対する配慮」
それではこうした地域による違いは何を意味するのでしょうか。残念ながら明確な答えはありませんが、1つには屋敷林や高生垣の配置からわかるように、風に対する配慮があったようです。
家の向きが風を防ぐ手段であるとすれば、それぞれの地域で最も風が強く吹く方向に建物を向けない配慮は当然あったと考えられます。
とするなら、多摩川沿いの地域では「南東」あるいは「北西の風」が、内陸部では「南西」から「南寄り」あるいは「北東」から「北寄りの風」が強かったと推測でき、いずれも屋敷林や高生垣を巡らせた位置と符合してくるのです。
多摩川流域沿いの地域の季節ごとの風向き
事実、多摩川流域沿いの地域では、春から秋にかけて東京湾から多摩川に沿って吹き上げて来る「巽(たつみ/南東)」の風が強く、秋から冬にかけては「北西の風」が強かったといいます。
「付属屋」にも風の向きの配慮が
こうしたことからも、主屋の向きと風の吹く方向には深いかかわりがあったと考えることができるのです。これと同様に「付属屋」についても風を防ぐような配置が取られていたと考えることができるでしょう。
「土蔵」「物置」「納屋」などの建物は、農作業を行う上で必要な施設ですから、そのためにニワを中心にしてそれらを配することはより機能的であり、多くの農家ではそのような配置形式を取っています。
それとともに、主屋やニワに直接風が吹き込まないような配置をする配慮もなされていたと思われ、これらの付属屋は主屋から見て「南方」に建てられている場合が多いのです。特に、堅固に建てられた「土蔵」などは、主屋の風上に建てている家がいくつも見られました。
旧安藤家住宅配置図(世田谷区立次大夫堀公園民家園内)」
2〜3年もの歳月を要する土蔵づくり「旧秋山家住宅土蔵(世田谷区立岡本公園民家園内)」のご紹介|古民家を訪ねる旅
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地相と家相
こうした風向き以外で、農家の屋敷構え(屋敷配置)を決めるのに重要視されていたのが「地相」や「家相」でした。これらは、古来中国より伝わった風水説(陰陽五行説)に基づくもので、建物の位置や方向、構造などをみてその吉凶を判断する手段です。
「地相/家相」が庶民にまで普及した江戸時代中期
当時は貴族社会の間で次第に広まっていきますが、一般の庶民にまで普及するのは江戸時代も中期以降になってからのことでした。世田谷の農家でも、この頃になると「家相図」が描かれてその吉凶が判断されていることから、庶民の間でも広まっていたことがわかります。
家相図
地の霊を鎮める「屋敷神」
この地相や家相では、特に前(北東)や裏鬼門(南西)の方角を忌むことが多く、例えば、屋敷の「ジョウグチ(常口)」をこの方角に開くことは地相上忌むことで、この方角には「屋敷神」などを祀って地の霊を鎮めるようにします。
「陰湿」
また、主屋を建てるに際して、この方角は「陰湿」となることをきらうので、便所や竈(かまど/台所)、風呂などを造ることが避けられました。
地相や家相の対象となるもの
この他にも、地相や家相の対象となるものには「井戸」や「蔵」「神棚」「仏壇」など数多くあり、それぞれ「井戸は東南」「蔵は西北」「神棚は北」「仏壇は西北」に設けることを大吉としています。
理論にかなった正しい知識や、過去の長い年月による経験から得た知識が基にある「地相/家相」
こうした吉凶の判断も、生活環境や生活様式の違いから時代とともに変化しているものがあって、様々な説が生まれたり、全く逆の説があったりと、定説を求めることはできません。しかし、今でも根強く庶民の間で語り継がれているのは、地相や家相が単なる迷信からではなく、基本的には理論にかなった正しい知識や、過去の長い年月による経験から得た知識が基になっているからでしょう。
このように、農家の屋敷構えは自然環境に大きく左右されることから、これを守るために様々な工夫がなされてきました。残念ながら、現存する古民家を取り囲む屋敷配置や周辺環境は、宅地開発や区画整理等によって年々変化し、往時の姿がわかりにくくなっています。
しかし、かつての家屋敷がいかに自然条件を配慮して建てられ、理にかなったものであったのか知ること、また、古民家をとりまく緑が、見えにくくなったかつての世田谷の自然を語ってくれるのです。そして、こうした先人たちの知恵や工夫によってできた自然に調和する屋敷構えこそが、本来あるべき姿なのかも知れません。
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