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抜き衿の歴史 ― 「引く」ことで生まれた日本独自の美

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抜き衿の歴史 ― 「引く」ことで生まれた日本独自の美

抜き衿は流行ではありません。 日本人が「首元」をどう扱ってきたか、その思考の積み重ねです。

抜き衿とは何か(歴史的定義)

抜き衿(ぬきえり)とは、 着物や襦袢の後ろ衿を意図的に後方へ下げ、 首と衿のあいだに余白をつくる着方・構造を指します。

 重要なのは、
・ だらしなさではない
・ 偶然ではない
・ 美意識に基づく操作 という点です。
抜き衿は、 「引くことで完成させる」日本独自の造形思想 から生まれました。

古代〜平安期|抜き衿は存在しなかった

奈良〜平安時代の装束では、 抜き衿という概念は存在しません

 理由:
・ 衣は直線裁ち
・ 首元は詰めるのが基本
・ 重ね着で色を見せる文化
平安貴族の美は、
・ 衿を抜く ではなく、
・ 衿を重ねて見せる ことにありました。
この時代の美意識は、 「足す美」です。

中世|実用化により首元はさらに詰まる

鎌倉〜室町期に入ると、 武家社会の成立により衣は実用化します。

 ・ 動きやすさ
・ 騎乗
・ 作業が優先され、 首元はさらに詰めて固定されました。
この時代も、 抜き衿は不要。 首元は、 美よりも機能の部位でした。

江戸前期|小袖の定着と変化の兆し

江戸時代に入り、
・ 小袖が男女共通の衣になる
・ 長襦袢が成立する
ことで、 衣の構造に余地が生まれます。
この段階では、 まだ大きく抜くことはありませんが、
・ 衿がやや下がる
・ 首元に影が出る
といった変化が現れ始めます。
ここが、 抜き衿の準備段階です。

江戸後期|抜き衿の誕生

抜き衿が明確に成立したのは、 江戸後期(18〜19世紀)です。

 背景:
・ 町人文化の成熟
・ 派手さを避ける「粋」
・ 色気の暗示
江戸の美は、 見せずに感じさせること。
 うなじを直接見せるのではなく、
・ 衿との隙間 ・ 影 ・ 距離 によって色気を表現しました。
これが、 抜き衿という技法です。

なぜ女性着物で発達したのか

抜き衿は、 女性着物でのみ大きく発達しました。

理由:
・ 動作より佇まい重視
・ 正座・歩行中心
・ 首元が表情の中心
女性の装いでは、 首元=顔の延長
そのため、 首元に余白をつくることで、 全身の印象を柔らかく整えたのです。

長襦袢と抜き衿の構造化

江戸後期には、 抜き衿は構造として固定化されます。

・ 衣紋抜き
・ 抜く前提の衿付け
・ 襦袢段階での設計
つまり抜き衿は、 「着方」ではなく 仕立て思想となりました。
これにより、 誰が着ても同じ余白が生まれるようになります。

近代〜現代|様式として定着

明治以降、 和装は非日常化しますが、 抜き衿は消えませんでした。

 ・ 礼装
・ 正装
・ 女性着物
では、 今も必須の構えです。
現代では、
・ 衣紋抜き付き襦袢
・ うそつき襦袢
などにより、 技法は簡略化されましたが、 思想は変わっていません。

抜き衿が示す日本的美意識

抜き衿の歴史が示すのは、 一貫した日本の価値観です。

・ 足さず
・ 強調せず
・ 引いて整える
これは、
・ 庭園
・ 書
・ 茶
と同じ思想です。
抜き衿は、 衣服における「引き算の美」 そのものなのです。

まとめ

・ 抜き衿は江戸後期に成立
・ 平安〜中世には存在しなかった
・ 町人文化と「粋」から生まれた
・ 女性着物で発達した構造美
・ 引くことで完成する日本的美意識
名言 「美とは、足した結果ではない。 引いたあとに残る余白こそが、美を語る。」

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