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『ドラゴンクエスト2』制作開始・制作者インタビュー

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『ドラゴンクエスト』の反響と『ドラゴンクエスト2』の制作開始

多摩豊『テレビゲームの神々』光栄,1994年より

『ドラゴンクエスト』は満足できる仕上がりではなかった

中村や堀井にとって、『ドラゴンクエスト』の売れ行きは決して満足できるものではなかった。

中村は、このファミコン初のRPGが登場したとたん、大きなブームになるだろうと考えていた。

 

なにしろ、『ドラクエ』の登場を前に、『少年ジャンプ』でのPRやラジオでの紹介など、ファミコンソフトとしては万全の販売体制が取られていたのである。

 

しかし、『ドラゴンクエスト』はそこそこの売上を示したものの、決してファミコン界全体に評価されたわけではなかった。

さすがに、RPGという新しいジャンルをたった一本のソフトで根づかせることはできなかったのである。

ドラゴンクエスト1

彼にとって、『ドラゴンクエスト』は満足できる仕上がりではなかった。
たとえば、『ドラクエ』ではプレイヤーはキャラクターひとりしか操作することができない。
中村が目標にした『ウィザードリィ』お面白さは、六人のキャラクターをプレイヤーが自由に操作することではじめて達成できるものである。
その点からすると、『ドラクエ』は、ようやく目標のとば口にたどり着いたにすぎなかった
『ドラゴンクエストI』をつくる段階で切り捨てた要素は数多かったので、
『ドラゴンクエスト2』でそのどれを取り入れるかを検討するのに長い時間がかかった。
ドラゴンクエスト2

『ドラゴンクエスト2』の絶対条件

とにかく、システム的にはパーティプレイの要素を入れること、シナリオ的には『出会い』を演出することだけは絶対条件だった。

 

これらの要素を入れ込んだ上で何かができるか、中村と堀井はIの反省点を洗い出しながら打ち合わせを続けた。

プロヂューサーの要望

こうして作業を始めていたある日、エニックスの千田(幸信・DQのプロデューサー)が連絡をよこした。
『もう『ドラクエII』の開発、始めてるんだね?』
中村が開発が始まっていることを告げると、千田は一つの要望を伝えた。
すなわち、発売日を決めさせてくれと言うのである。
中村はなんの気なしにその日付を了承したが、あとで死ぬほど後悔することになった

感想

以外ですね、『ドラゴンクエスト』って、制作者が思っているほど満足のできる売れ行きではなっかたとは

プログラマーの中村さんは、『ドラゴンクエスト』一気に大ブレイクすると思っていたようだね。

 

なにしろ、『少年ジャンプ編集者』の鳥嶋さんが後押しして、万全の販売体制が取られていたからね。

 

鳥嶋さんが、人気漫画家の鳥山明さんを抜擢させたのも、『ドラゴンクエスト』を『鳥山明』というネームバリューで、子供たちに興味をもたせる意図もあったからね。

鳥嶋さんやり手ですね。

それに、ゲーム内容も満足できる仕上がりではなかったんですね。

そうだね、中村さんにとってはRPGゲームの理想は、RPGの傑作『ウィザードリィ』『ウルティマ』なんだね。

 

ファミコンのRPGゲームで、六人のキャラクターを自由にプレイしたかったみたいだね。

当時のゲームの性能では、相当難易度が高そうだね。

『ドラゴンクエスト』で課題と、理想とするゲームがあったからこそ『ドラゴンクエスト2』を制作する原動力になったともいえるね。

この頃、プロデューサーの千田さんが、要望した『ドラゴンクエスト2』の発売は、

12月下旬だったそうなんだ。

ドラゴンクエストプロデューサーの千田

半年で完成させるー。

まあその後、開発が難航して、翌年の1月26日に延期されるんだけどね。

『ドラゴンクエスト2』制作の嵐の航海のはじまりです。

『ドラゴンクエスト2』は、3人パーティーに決定 堀井雄二

堀井雄二『ドラゴンクエスト2ができるまで(前編)』ファミコン通信 1987年4月17日号

『ドラゴンクエスト2』は、やはりパーティープレイでなくてはいけない

堀井雄二
堀井雄二

いうまでもなく、初代『ドラゴンクエスト』は、ファミコンユーザーというRPG未経験者にむけた入門用ゲームであった。

 

このゲームを足がかりに、多くの人々にRPGの魅力を知ってもらい、その段階を経て、より高度なRPGに挑戦してもらおうという意図が、スタッフ一同にあった。

 

とすれば、次の段階としての『ドラゴンクエスト2』は、やはりパーティープレイでなくてはいけない。

堀井雄二
堀井雄二

なぜなら1対1の戦闘は理解しやすく入門用としてはもってこいだが、反面、どうしても戦闘が単調になってしまうという宿命にある。

 

戦闘が単調だと、レベルをあげるという作業は苦痛でしかない。

 

複数対複数にすれば、それだけ戦闘がバラエティーに富み、いろんな作戦が必要になってくるのだった。

 

なかには、これを『めんどくさい』と思うプレイヤーもいるかもしれない。

しかし、RPGに魅せられた人には、その『めんどくささ』が『楽しさ』につながるはずだ。

パーティープレイ採用が決定した

ファミコンのハードの問題

堀井雄二
堀井雄二

1対1の戦いから、いきなりパーティープレイにしたわけである。

 

せめて “見た目” でもそれがわかるようにしなければ、あまりに不親切というものだ。

 

と、こう考えたわけ。

で、画面表示には当然ファミコンのハードの問題がからんでくる。

堀井雄二
堀井雄二

ファミコンのスプライトは横に8つ(『ドラクエ』のキャラの大きさなら4人ぶん)が限界なのだ。

 

それ以上並べると9つめが消えてしまう。

 

消える所をまわしてチラつかせるという方法もあるが、あまりチラつくとやっぱりしんどいであろう。

 

ということを考え、パーティーは3人とした。  

3人であれば、横に並んで町の人に話しかけても合計4人だから表示可能である。

感想

制作者たちは、

RPG未経験者の子供たちに『ドラゴンクエスト』を経験してもらって、

 

それから『ドラゴンクエスト2』で、高度なRPGに挑戦してもらおうという意図があったんだね。

そうだね、だから『ドラゴンクエスト2』では、パーティープレイを採用してRPGの奥深さを更に、表現したと思っていたんだね。

『複数さ』と『楽しさ』のバランスを調整が難しいそうだね。

そうだね、当時のファミコンの性能にも限界があるから、ハードの限界を考えながら『面白いRPG』を目指さなければならなかっだ。

その結果、パーティープレイを3人にしたんだね。   

 

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