守護代

尼子 誠久

新宮党・尼子国久の子。自らの武勇を誇るあまり、主君・晴久らと対立する。毛利元就の謀略にかかった晴久に新宮党の居館を襲撃されて戦死した。

尼子 義久

尼子晴久の嫡男。毛利元就の侵攻軍に対し、月山富田城に篭城して対抗した。しかし、元就の内部崩壊策によって城中は混乱し、降伏する。安芸に幽閉された。

別所 就治

赤松家庶流。播磨随一の堅城と言われる三木城を居城とした。尼子晴久や三好長慶に度々侵攻されたが、そのつど敵軍を撃退し、東播磨に武名を鳴り響かせた。

別所 安治

別所長治の父。三木城主。39歳で病没別所家は播州の名門・赤松家の支族である。赤松頼清が加西郡別所に移り、別所家を称したのが興りであるという。

別所 重宗

兄・別所安治の死後、甥・長治を補佐し織田信長に仕える。のち、毛利家に内通したため、豊臣秀吉の怒りを買い、攻められて開城した。

安宅 信康

安宅冬康の子。父の死後家督を相続し、淡路水軍を統率。初め石山本願寺に味方したが、織田信長の畿内平定軍に降り、毛利氏との木津川口合戦に参戦した。

三好 長治

三好義賢の嫡男。父の戦死後、家督を継ぐ。家臣であった篠原長房を細川真之とともに討つが、のち長宗我部元親に降った真之と戦って、敗死した。

織田 信光

信長の叔父。武勇に優れ、今川家との小豆坂の合戦では殿軍を務める。信長の清洲城攻略に協力し、その後自身は那古野城に移るが、家臣に謀殺された。

織田 信包

織田信秀の子。兄・信長や甥・信忠の補佐役を務め、常に陰となって織田家を支えた。誠実な人柄は豊臣秀吉にも信頼され、秀吉の子・秀頼の補佐役も務めた。

織田 秀信

織田信忠の嫡男。豊臣秀吉の後見を受け3歳で家督を継ぐが、傀儡に過ぎなかった。関ヶ原の合戦で西軍に荷担し、岐阜城に篭城するが降伏、高野山に登った。