国人

赤井 直正

丹波国奥三郡を支配した黒井城主。通称「赤鬼」。その名に恥じぬ武勇を誇り、1575年に信長の命で丹波に侵攻した明智光秀軍を撃退してのけた。

真田 信綱

幸隆の長男。父の隠居後、信州先方衆の1人として各地に従軍、勇名を馳せる。長篠合戦では三尺三寸の大刀を振るって奮戦したが、銃弾を浴び、戦死した。

真壁 氏幹

常陸真壁城主。武勇に優れ、戦場では刀槍の代りに一丈余の木杖を振り回して戦い、「鬼真壁」と恐れられた。後年は佐竹家に属し、北条の軍勢と戦った。

本庄 繁長

上杉家臣。謙信に従って、川中島合戦や関東攻略で功を立てた。武田家に内通したために謙信に攻められ、浪人となる。後に帰参し、各地で活躍した。

浅野 幸長

浅野長政の子。文武に秀で、父を上回る器量の持ち主といわれた。関ヶ原の合戦では東軍に属し、その功により紀伊和歌山城主となる。大坂冬の陣直前に病死。

新発田 重家

越後の国人。上杉謙信の没後、景勝を後継者にすべく、奔走する。しかし、恩賞の不満から信長と結ぶ。景勝と5年にわたって争うが、落城し、自害した。

奥平 信昌

徳川家臣。長篠合戦では長篠城を守り、勝利に貢献する。その功から、翌年には家康の娘・亀姫を娶る。後年、美濃加茂十万石の領主となり、同地で死去。

朽木 元綱

近江朽木谷の豪族。浅井長政に仕えた。「金ヶ崎退き口」の際に、朽木谷を逃走した信長の道案内を務めたことから、以降は信長に仕えた。

波多野 秀治

丹波に覇を唱えた豪族。居城・八上城を三好家から奪還する。信長の命で明智光秀の軍が攻めてくると、篭城する。抗戦むなしく、捕らえられて処刑された。

大久保 長安

徳川家臣。検地・銀山・金山などの各奉行を歴任し、民政・財政面で活躍した。しかし、長安の死後に、生前の様々な罪が露見し、大久保家は改易された。