国人

小山 秀綱

小山高朝の子。上杉家と北条家の間に挟まれ従属・離反を繰り返す。実弟・結城晴朝とも度々戦ったが、北条家配下の者として豊臣秀吉に所領を没収された。

六郷 政乗

1590年、出羽国内の所領を安堵されて豊臣秀吉に臣従。関ヶ原には東軍について参加。大坂の陣にも参戦し、出羽本庄二万石となった。

水谷 正村

結城家に従属した水谷家の当主。蟠竜斎と号した。豊臣秀吉に所領を安堵。弟・勝俊に家督を譲り、下野国下久田城に隠居した。

鮭延 秀綱

出羽鮭延城主。初め小野寺家の客将であったが、最上義光に敗れて臣従。仙北地方に起こった一揆の鎮圧や最上領に侵入した上杉軍との戦いで戦功を立てた。

藤田 康邦

山内上杉家臣。北条氏康の武蔵侵攻軍に降る。氏康の三男・氏邦が康邦の娘と結婚して藤田家を継ぐと、自身は用土城に入って姓を用土と改めた。

浅利 則頼

出羽比内地方の豪族。浅利氏は鎌倉時代からの名族であった。則頼は、十狐城を築いて比内地方の支配権を確立。隣国の安東愛季との抗争に明け暮れた。

小幡 信貞

武田家臣。西上野先方衆として働く。後に滝川、北条と主家を変え、小田原征伐では徳川家康に降伏した。戦後、旧知の仲である真田昌幸の元で暮らす。

浅利 則祐

則頼の息子。父・則頼の代に甲斐国浅利郷から移住し、十狐城を築いた。安東愛季と争い、長岡城で自害した。

矢沢 頼綱

真田家臣。真田昌幸の叔父にあたる。昌幸の沼田城攻略後、その城代となり、第1次上田合戦でも、城の守備を担当。武勇に秀でた人物であったという。

木曾 義昌

信濃木曾の領主。武田家に降り、信玄の娘を妻とする。信長の信濃侵攻軍にも降り、所領を保全した。その後は下総阿地土に国替えとなり、同地で死去した。