国人

松前 慶広

蛎崎季広の子。豊臣秀吉に接近し、蝦夷の支配権を獲得する。松前の姓は、松平家(家康)と前田家(利家)から取るなど、世渡りの巧さは一級品。

種子島 時尭

1543年、種子島に漂着のポルトガル商人より鉄砲を購入、これを分析して国産銃「種子島銃」を産み出した。島津家と琉球との橋渡し役としても知られる。

蜂須賀 家政

豊臣家臣。小六正勝の子。秀吉に従って各地を転戦し、阿波一国を与えられる。関ヶ原合戦には出陣せず、子の至鎮を東軍に送って本領を安堵された。

田村 清顕

田村隆顕の子。蘆名・佐竹らの強豪に囲まれながらも、外交戦略を駆使して様々な苦境を巧みに乗り切った。娘は伊達政宗の正室となった。

小山田 信茂

武田家臣。武勇に優れた知識人。信長が甲州に攻めてきた際には、主君・勝頼を見捨てて信長軍に降る。しかし、裏切り者として信長に殺された。

柳生 宗矩

新陰流の剣術家。父・石舟斎宗厳と共に徳川家康に仕え、秀忠・家光の兵法師範を務める。家光の信任厚く、大目付となり、ついで一万石の大名に列せられた。

真田 昌幸

秀吉をして「表裏比興の者」と言わしめた戦国稀代の謀将。攻め寄せる徳川の大軍を二度も見事に撃退。その智略には家康さえも恐怖した。

真田 幸村

真田昌幸の次男。大坂冬・夏の両陣において、少数の兵で徳川の大軍を敗走させたものの、銃弾に倒れる。その戦いぶりは、「真田日本一の兵」と称賛された。

村上 義清

北信濃一帯に覇を唱えた猛将。武田信玄の攻撃を二度とも撃ち破り、勇名を轟かす。しかし、真田幸隆の計略に敗れて信濃を逐われ、越後の長尾景虎を頼った。

荒木 村重

本願寺・毛利家と結んで主君・信長に造反するも敗走、残された妻子や被官は磔刑に処せられる。後に豊臣家に仕える。利休七哲にも数えられた。