武将

小山 高朝

結城政朝の次男で、小山家を継ぐ。兄・結城政勝と協力して小山家の威勢回復に努めた。北条氏康と結んで小山家の安定期を現出した。

芳賀 高武

宇都宮広綱の三男。芳賀家を継ぐ。兄・国綱の片腕として活躍した。宇都宮家改易後は、伊勢内宮にたびたび主家再興の願文を奉納したという。

芳賀 高継

宇都宮家臣。広綱、国綱の二代にわたって仕えて、宇都宮家の家政を執りしきった。対北条政策に苦慮し、佐竹、結城と同盟に奔走したという。

芳賀 高経

宇都宮家臣。一族の者が宇都宮家によって殺されたのを恨み、主君・宇都宮興綱を討った。しかし、自らも興綱の子・尚綱に討たれた。

宇都宮 尚綱

宇都宮家第21代。芳賀高経によって討たれた父・興綱の後を継ぎ、父の仇・高経を討った。のち、敵対関係にあった那須高資を攻めたが大敗、戦死した。

宇都宮 興綱

宇都宮家第20代。初め芳賀家に養子に入っていたが、宗家の甥・忠綱を倒し、自ら宇都宮家当主となった。その後家臣の芳賀高経と対立し、討たれた。

大関 高増

那須七騎の1人。黒羽城主。大関増次を敗死させた大田原資清の子。1590年豊臣秀吉に所領を安堵された。

大田原 晴清

那須七騎の1人。大田原資清の孫。小田原合戦後、豊臣秀吉に所領を安堵された関ヶ原では東軍に属し、徳川家康に所領を安堵された。

那須 資胤

宗家の那須高資が宇都宮広綱に謀殺されたため後を継いだ。下野国では諸大名・豪族対立が激しかったが、那須家は宇都宮家との戦いに終始した。

那須 高資

宇都宮尚綱と結んだ父・政資と対立し、当主として独立。喜連川の合戦にて宇都宮尚綱を敗死させた。